金色の影



戦闘時の高揚感というのは、なにものにも代えがたい。

レベルも上がって、ペルソナも転生して、最初は敵を一体ずつ片付けていかないといけなかったのが、いつの頃からかまとめて駆逐できるようになった。俺の操るスサノオが繰り出す疾風の刃は、今では嵐となってすべてを巻き込み、切り裂いていく。

巻き起こる風に身体をさらすのは、心地好い。 突如荒れ狂う暴風に、なすすべなく崩れていくシャドウを眺めるのが愉しい。

ノイズが耳を塞ぐ。ヘッドホンから流れているはずの曲が聞こえなくなる。
なにもかもが消え失せていく、その感覚がたまらない。癖になる。
邪魔なもの、いらないもの、それらすべてを風の力で消し去って──

「陽介」

落ち着いた声に名前を呼ばれた途端、きれいにノイズが晴れた。

振り返れば、そこには刀を手にした相棒がいる。ついさっきまでシャドウ相手に容赦ない斬撃を繰り出していたとは思えないくらい、落ち着いた顔だ。
でも、それになによりも安心する俺がいることも、とっくの昔に自覚している。

「なに? 相棒」

急につけっぱなしだったヘッドホンがわずらわしくなってきて、乱暴に外した。耳が、解放される。

「また、後先考えずに突っ込んだだろ。怪我してる」

目のすぐ下あたりへと手を伸びてきた相棒の指が、解き放たれたばかりの耳をかすった。
ほんの少しだけ俺より低い体温が、心地好い。高揚していた精神が、ゆるゆると落ち着いていく。それと同時に、ほんのりと息づく別の衝動。

それは、相棒の背後で大きな六枚羽根を広げるペルソナが発動させたスキルによって、かすかな頬の痛みと共に跡形もなく消え去った。
堕ちた大天使、ルシフェル。たしか、そんな名前のペルソナだった気がする。

「おま、こんなかすり傷にメシアライザー使ってどうするよ」
「気にするな。気分的なものだから」
「意味わかんねえ……つか、SPもったいねえ……」
「アルラウネ持ってくるの忘れたんだ」

肩をすくめて笑った相棒の指が、傷があったらしい場所から離れていく。それを、かなり惜しく思いながら眺めた。
剣を握るその指は、節がしっかりしている。マメだってできている。
なのに、なぜかキレイだと思えた。なによりも。誰のものよりも。

「それより、陽介。お前、俺の背中を守るって言いながらいのいちばんに突っ込んでくその癖、いい加減なんとかならないのか?」
「特攻隊長になに言ってんだっつーの」
「背中守るどころじゃないだろ、それ」
「背中守ってんのは移動時とか、通常時。シャドウに遭遇して戦闘開始したら、全方位から守るに決まってんだろ」
「過保護……」
「かすり傷にメシアライザー使っちまうお前のが過保護だっての!」
「ははは」

笑ってごまかされたことはわかったけど、それ以上は追求しないでおいた。ただ、相棒の肩に腕を回す。

人に頼ることをしないこいつが、初めて弱いところを見せてくれたあの日のことを、俺は絶対に忘れない。
相棒として、俺はいつだってこいつの背中を守る。対等に、真横に立って、守ってみせる。たとえ俺自身が傷ついたとしても、こいつには絶対傷を負わせない。

そう、俺が傷つく分には構わない。
俺が傷ついたとしても、必ずこいつが手を伸ばしてくれる。懐に入れたヤツが傷つくことを、こいつはなによりも恐れるから。

だから、こいつを守るのは、かばうのは、俺だけでいい。

そうすれば、きっと。
こいつは、俺のことだけを見てくれる。

そうだろ、相棒?


***



たぶん、他の誰も気づいてはいない。
だが、俺は気づいてしまった。ときどき、陽介のまとっている雰囲気が変わることに。

それは決まって、戦いの最中だ。陽介がスサノオを呼びだし、マハガルダインでシャドウをまとめて吹き飛ばしたときに、よく起こる。

レベルが上がり、ジライヤからスサノオに転生し、スキルも揃ったことで、陽介が操る風の魔法の威力は格段に跳ね上がった。
もともと、陽介は素早さに優れている。だから、誰よりも先に動くことが多い。
そのせいかも、しれなかった。

シャドウを愉しげに屠るその瞳が、鈍い金色に光ることが増えたのは。

「陽介」

今も、そうだった。でも、慌てたりはしない。その必要は、ない。

「なに? 相棒」

俺が名前を呼べば、それだけで陽介は元に戻る。
金の瞳は一瞬のうちになりを潜め、そこにはいつもどおりの明るい茶色の瞳があった。

ヘッドホンを外すその仕草も、いつもの陽介のものだ。それを確認してから、俺は陽介との距離を詰めた。
瞳を金色に変えた後の陽介は、大体どこかに怪我をしている。もともと特攻型であまり自分自身の防御のことは考えていない陽介だが(なのに、スキルもペルソナのステータスもバランス型なのがおかしい)、ああなったときはいつも以上に無頓着だった。
しかも、自分では気づいていない。
その傷に気づくのは、いつだって俺だ。

「また、後先考えずに突っ込んだだろ。怪我してる」

目の下、頬のすぐ上あたりにある小さな傷に、手を伸ばす。
こんな小さな傷、ディアでだって治せるだろう。でも、俺はあえてメシアライザーを使う。
状態異常も治す、回復スキル。それが、最近増えてきた陽介の妙な変化を、治してくれるとは思わない。

陽介に変化が訪れた原因は、たぶん俺だ。
それがわかっていても、止められない。止め方がわからない。変化を強引に止めることなど、もしかしたらできないのかもしれない。

だから、俺は何度でも名前を呼ぶ。
それだけで、いつだって陽介が正気に戻ることを知っているから。