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#24


「殴り合えば対等だ」

俺のわがままに手を差し伸べて、悠はちゃんと付き合ってくれた。
最初は不思議そうに「なんの話だ?」なんて言っていたのに、俺の伝えたかったことを完全に理解しているとは思えないのに、肝心なところだけはちゃんと汲み取ってくれた。

俺は、悠に認められたかった。大好きで自慢でうらやましくて、それ以上に対等の存在として認めて欲しかった。
なんというかどさくさに紛れてすごく恥ずかしいことも口走ったような気もするけど、どうせ最初っから恥ずかしいことしか言ってないんだから、この際細かいことは気にしたら負けだと思っている。思い返したら顔が青くなるような告白じみたことも言っていたことは、あえて忘れたい。たぶん、悠は気づいてないだろう。きっと、友情の『好き』の範疇だと解釈してくれているはずだ。

悠と殴り合って、いろいろすっきりした。殴り合えば対等だっていうその言い分もよく考えたら意味わからないし不思議だし、悠の天然っぷりは相変わらずだ。でも、そういうセリフが飛び出してきたってことは、悠も俺と対等な相棒同士でいることを望んでくれたって証なんだと思う。

実際は、たぶんまだ対等なんかじゃない。俺が悠に憧れてるのは紛れもない事実で、そして出会ってからずっと背中を追い続けている。人間はみんな違うわけで、俺が悠みたいになれないことはよく知っていても、それでも。

その上で、親友で相棒以上に大切に思っていた。ただ、それはなにも改めて悠に告げることじゃない。
少なくとも、悠は俺のことを対等な存在だと思ってくれている。俺が突然言い出したことをちゃんと受け止めてくれるくらいには、認めてくれている。その証拠に、悠は殴り合ったあと河原でひっくり返りながら、いろいろなことを話してくれた。ずっと引っかかっていたということを、最初に教えてくれた。

殴られたところも殴ったところもあちこち痛かったし、殴り合った直後はただ歩くだけでもあちこち痛くて大変だったけど、気持ちはとても軽かった。なによりも、その後すぐ判明したのだ。

山野アナと小西先輩をテレビの中に落とした真犯人が、堂島さんの相棒・足立さんだということが。



「……そういえば」
「ん?」

放課後、学校からジュネスに向かっていたら、隣を歩いていた悠が突然そう呟いた。
真犯人の足立は、テレビの中に逃げ込んだ。足立は病院から出ておらず、しかも逃げた先の病室には大きな液晶テレビがあったから、ほぼ確実だろう。

真実はひとつずつ明らかになっていき、俺たちは一歩ずつ前に進んでいる。あのとき真実を知ることをあきらめなかった成果が、今ここにある。
あのとき思い留まった悠の選択は、正しかったのだ。

ただ──ひとつだけ、気がかりは残っている。
まだ、クマは戻ってきていなかった。

「どしたよ、悠」
「じつは、今思い出した」
「おう?」

俺をじっと見つめてくる悠は、びっくりするほど真顔だった。もしかして、クマの行き先になにか心当たりがあるとかなんだろうか。もしくは、足立に関するなにかとか。
仲間たちの中で足立といちばん付き合いがあったのは、間違いなく悠だ。堂島さんが連れてくる日もあったらしいし、かと思えば堂島さんのお使いで家に来るときもあったそうだ。少なくとも、人見知りの気がある悠が普通に話すことができる程度には、身近な存在だったということだろう。

悠と足立がどんな関係を築いていたのか、気にならないと言えば嘘になる。これはもう、恋する男子のどうしようもない衝動というものだ。大目に見てもらいたい。
ただ、今まで話を聞いてきた足立はただのヘタレ刑事だとしか思えなくて、なんであんなことをしでかしたのか、本気で理由がわからなかった。人は見かけに寄らないものだし、それこそ人を外見で判断しても意味ないことは知っていても、だ。

「昨日のことだけど」
「ああ」

だとすれば、やはり足立のことか。そう、目星をつける。
もしかしたら、日常のやりとりに秘められていた足立の本性みたいなものに気づいたのかもしれない。いや、俺の記憶にある限りだと、そんなものひとつもないんだが。

「陽介はひとつ誤解してる」
「……へ? え、誤解ってなにを」
「俺にとって、陽介はヒーローなんだ」
「ぶっ!?」

──そして、予想は大幅に外れた。

というか、外れたなんてそんな生やさしいものじゃなかった。暴投レベルだ。本気で想定していなかった方から、剛速球が飛んできた。キャッチなんかできるわけなくて、ものの見事にデッドボールだ。破壊力ありすぎというか、痛すぎる。

「な、な、な、な……!?」
「落ち着け、陽介」
「こ、こここれが落ち着けるかあっ!」

もちろん、ここが公道だっていうこととか、すぐそこで買い物帰りのおばちゃんが目をぱちくりさせてこっち見てるのとかはちゃんと目に入っている。入っているが、そっちに意識を受けている精神的な余裕がどこにもない。あってたまるか。
ちなみに俺をたった一言で挙動不審に陥らせた悠は、それはもう涼しい顔をしている。こいつは一体、照れというものをどこに置いてきたんだろう。

どっちかといえば悠は、照れるどころか得意げな表情を浮かべていた。もっとも、あきらかに挙動不審な俺とは真逆で、それこそ通りすがりのおばちゃんが目にしたところで表情の変化とかそんなものは読み取れないんじゃないだろうか。相変わらず、悠の感情はわかりやすい形で表れたりはしないのだ。

「でも、ほんとのことだぞ。昨日、せっかく陽介が俺のこと自慢だって言ってくれたのに、俺もそうだって言う余裕なかったから、今のうちに言っておこうと思って」
「うわああああ、ストップ! 頼むからストップ! 一時停止!」

しかもまったく落ち着けないうちに追撃を食らってしまい、俺はあわてて白旗を揚げるハメに陥った。ダメージが大きすぎて、呼吸困難に陥りそうだ。
ほんとに、なんでここは天下の公道なのか。せめて鮫川河川敷とかなら、もうちょっと人気のない場所に避難とかできるのに。

やっぱり、天然はタチが悪いと思う。文化祭のときに菜々子ちゃんが占い師とやらから聞いてきたという『天然ジゴロ』、まさにそんな感じだ。なにしろ発祥が天然なだけに、対処のしようがない。

「なんで止めるんだ?」

ちなみに一時停止を食らった悠は、不満というよりは不思議そうに首を傾げていた。どうやら本気でわかっていないらしい。

「お前ね! 急に褒め殺されたら心臓に悪いから! 慣れてないんだから、そーゆーの!」
「褒め殺してるわけじゃないぞ、普通に褒めてる」

しかも、胸を張られた。どういうことだ。

「陽介はいつだって、俺のこと助けてくれる。まっすぐに手を伸ばしてくれるんだ。太陽みたいで、いつもまぶしい」
「…………」

さらにそんなことを続けられたら、本気でどうしていいかわからない。動揺しすぎて、呼吸困難になりそうだった。
悠は、自分も言葉も飾らない。常にまっすぐだ。そして飾り気がないからこそ、その言葉は聞く者の心にまっすぐ入り込む。
冗談だとかお世辞だとか、そんなことは考えられなくなってしまうからタチが悪い。

「陽介が俺のこと、特別だって言ってくれて嬉しかった」
「……おう、特別だからな」
「うん。俺にとっても、陽介は特別なんだ」

その言葉を、疑う余地なく信じてしまう。

「いや、ま……悠もそう思ってくれてるなら、すっげえ嬉しいけどさ」
「嘘じゃないぞ、陽介」

猫みたいなアーモンド型の瞳が、じっと俺を見据えている。思わず頷かずにはいられないほど強い力が、そこには宿っていた。

「お前がいてくれたから、俺は今ここにいるんだ」

──そう言って。
悠は、きれいに笑った。