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#21


──コレイジョウタスケルナ。

堂島家のポストに直接、しかも悠を名指しして投函されていた脅迫状には、そんな一文が書かれていた。
気にするな、なんて言われても無理だ。脅迫状の内容そのものも物騒だし、なぜ脅迫状が悠の家に届けられたのかについても疑問が残る。

そもそも、直接だ。脅迫状が入れられていた封筒には「鳴上悠様」とただ悠の名前が書かれていただけで、住所も書かれていなければ切手も貼られておらず、もちろん消印も押されていない。リターンアドレスなんて、あるわけもない。

つまり、犯人はいつだって悠の家に来ることが出来るということだ。それだけじゃない、悠がテレビの中に入れられた被害者たちを助けていることを知っている。だからこそ、助けるなと脅してきた。
具体的な恫喝があったわけではないとはいえ、住所もなければ切手も消印もない脅迫状がこうやって届いているという事実が、なによりも明確な脅しな気がする。こっちは犯人のことをなにも知らないのに、向こうは俺たちのことを完全に把握しているんだと明言されたようなものだ。俺たちを──悠を生かすも殺すも犯人の気分次第、胸先三寸ということか。
殺された山野アナや、小西先輩だけじゃない。無事に助け出せたとはいえ、天城や完二やりせ、そして直斗を誘拐してテレビの中に落としてきた犯人が、悠の家を知っている。

その事実を突きつけられたとき、とっさに俺の頭に浮かんだのは、もし悠が「犯行の邪魔だから」という理由で犯人に誘拐され、テレビの中に落とされてしまったらどうしよう、ということだった。
想像しただけで、背筋に冷たいものが走る。すでにペルソナを使いこなせる悠はシャドウにやられてしまう心配もないし、クマからもらった眼鏡さえあればテレビの中の霧でムダに体力を消耗することもないとわかってはいても、だ。ジュネスのテレビから入らなければ出口がどこにあるかなんてわからないし、落とされたときに意識を失ってしまったりしたら、なまじペルソナが使えるせいでシャドウから敵視されている悠は危険な状況に陥ってしまうだろう。現実の世界で霧が出る日までは安心、などとは言っていられない。

もっとも、もし本当に悠がテレビの中に入れられてしまったとしたら、きっと俺は速攻助けに行くだろう。誰よりも大切な相手をまた失ってしまうとか、冗談じゃない。たとえ大きな声で言える感情ではなくても、それどころか本人にさえ伝えられなくても、俺にとってはなによりも優先すべきことだった。

だから、十一月に入ってまたしてもマヨナカテレビが映ったとき、ほんの少しだけホッとしたのも事実だ。テレビに映った人影は、小さくて誰だかさっぱりわからなかったけど、どう見ても悠のものじゃなかった。
犯人が狙っているのは、もっと別の人間なのだ。新たなターゲットを見つけたから、ああやって脅迫状を送りつけてきたのか。

犯人が狙っているのが悠ではないと確信したことで、俺はやっと冷静さを取り戻せたのかもしれない。いくら自分では冷静に判断しているつもりでいても、やっぱり強く感情を動かされる相手が絡んでいると、どうしても本当の意味で冷静にはなっていられなかった。ただの想像でしかないのに、身の半分を切られるような痛みすら感じたくらいだ。

だから──俺自身がほんの少し前までそんなことを思っていたから、俺では小西先輩を助けられなかったことも思い知らされていたから、わかってしまった。
まるで本当の妹のように可愛がっていた菜々子ちゃんをテレビの中に落とされた悠の、覚悟や焦燥が痛いほどに。



食品売り場は二十四時間営業のジュネスも、さすがに真夜中だと他のフロアは営業していない。家電売り場も、そのひとつだ。日付変更線を越えた今、営業しているのは本気で食品売り場だけだった。
その食品売り場担当に見つからないよう、そっと裏口からジュネスに忍び込む。客もいなければ店員すらいない家電売り場のフロアは、案の定暗かった。俺たちの足音だけが、やけに響いているような気がする。

実際にはそんなことなかったのかもしれないけど、そのときの俺にはそう感じられた。いわゆる、後ろめたさというやつか。
そして、暗くて人気のない家電売り場の大型テレビから、いつものようにこっちの世界に入り込んで。

「悠」

ヒミコを呼びだしたりせが菜々子ちゃんの居場所を探し出すのを今か今かと待ちながら、俺はなにもない空間をじっと見つめている背中に声をかけた。
霧を見通す眼鏡に隠された砂色の瞳には、きっとなにも映っていない。言葉を発することもないまま、考えに沈んでいる。
上着に覆われた背中は俺よりも広いし、背も高い。なのに、どことなく頼りなく見えるのはなぜだろう。

「陽介」

ほんのわずか首を傾げて振り返った悠の表情は、さっきよりも──事故現場を目の当たりにしたときよりは、だいぶ落ち着いているように見えた。
でも、俺にはわかってしまう。本当は、決してそうではないことが。

悠は必死に、自分自身を落ち着かせようとしている。稲羽署で直斗に言われたこと、事故現場でりせが必死に主張したこと、それに従うのが正しいと自分に言い聞かせている。
だから、今すぐにでも走り出して菜々子ちゃんを助けに行きたいだろうに、こうやっておとなしくりせが菜々子ちゃんの気配を探し出すのを待っているのだ。確実に菜々子ちゃんを助けるにはそれがいちばんだと、ちゃんと悠の理性は理解しているんだろう。

ただ、理性がそれをわかっていたとしても、感情がそれに従ってくれるとは限らない。そんなことは、身に染みて知っている。
悠の背中につい声をかけてしまったのは、たぶんそのせいだ。
今この場で、俺が悠にしてやれることなんてほとんどないけど、それでも。

「あー……あのな。うん……いや、その」
「……どうしたんだ?」

わざわざ名前を呼んで振り向かせたくせに、しどろもどろと言いよどんでしまって言葉が続けられない俺を不思議に思ったのか、悠の表情がますます不思議そうなものになる。こんなときでもあからさまに邪険にはしてこない悠の優しさというか心の広さに、俺は心の中で感謝した。

言い訳させてもらえるなら、俺だってべつになにも考えずに声をかけたわけじゃない。
言いたいことなら、たぶん山のようにある。ただ、それはどうしてもうまく言葉にならなかった。
ぐるぐると頭の中で回って、口から出ていきそうになったと思ったら喉のあたりでつっかえている。もっともっとたくさんの言葉が使えたらと、もしかしたら生まれて初めて思ったかもしれない。
──真面目に国語の授業を受けていたら、こんなときでもすんなりとこれだっていう言葉を探し出すことができたんだろうか。そんな、今このときに後悔したってどうしようもないことも脳裏をよぎったりした。

こういうとき、自分が未だにガキでしかないことを痛感する。いくら図体がでかくなっても俺たちはまだ未成年で、どうあがいても子どもでしかない。
なにをもって大人とするのか、それはわからないけど、俺が大人なんかじゃないことは誰よりも自分がよく知っていた。

「俺がなんとかするから」

結局、なんとか口から絞り出せたのはそんな頼りないとしか言いようのない言葉だ。
なんとかする、なんとかしてみせる、その気持ちは嘘じゃない。嘘じゃないのに、いざ言葉として口にしてみると妙に陳腐に聞こえた。なんとかするってつまりどうするつもりなんだって、もし俺がそんなこと言われたら絶対にそうつっこんでると思う。

なのに、悠は表情を崩した。呆れたわけでもなく、笑ったわけでもない。もちろん、怒っているわけでもない。
ぱちりと瞬いた瞳が次の瞬間、ほんのわずか揺らいだ。表情が、くしゃりと歪む。

「……ああ。頼りにしてる」

なんて言えばいいのだろう。
──まるで、今にも泣きだしてしまいそうだった。

「悠先輩! 菜々子ちゃんの居場所、わかったよ! たぶん、生田目と一緒にいる!」
「……っ」

向こうから、りせの声が聞こえてくる。悠の瞳が、途端に鋭い光を帯びた。
現実の世界で霧が出るまで、こちらの世界では霧が晴れるまで、被害者の心によって作り出されたダンジョンの中をさまようシャドウは人間を襲わない。だが、生田目は被害者を誘拐しては春からずっと、テレビの中に入れ続けてきた犯人だ。

今までとは、まったく事情が違う。失敗しようとおかまいなく、平然と犯罪を繰り返してきた犯人と一緒にいるなんて、ヘタすればシャドウたちに囲まれているよりもよほど危険なのかもしれない。

「行こうぜ、相棒」

焦る気持ちを抑えて、悠の背中を軽く叩いた。俺ですらこうなのだから、悠が動揺せずにいられるはずがない。
その気持ちがわかるからこそ、本当の意味で悠を落ち着かせるのは絶対に無理でもせめて俺たちが共にいると、ひとりじゃないと伝えたかった。
そんな願いが伝わったかどうかは、謎だ。

「……ああ、陽介」

ただ悠は、ちゃんと返事をしてくれた。小さく、うなずいてもくれた。ちゃんと、俺のほうを見て。
だけど──その声が、あきらかに強ばっていたのも事実だった。