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#19


もう、ほんとに意味がわからない。なんだってあんなことになったのか、誰かイチから順序立てて説明してくれないものだろうか。
──いや、突き詰めればアレで動揺したあげく、挙動不審に陥った俺が盛大に墓穴を掘っただけなんだと思う。でも、あんなことが起きるなんて少しも思ってなかったわけだし、つまりはまったく覚悟を決めてなかったわけだから、しょうがない。
そう、言い訳させてほしい。頼むから。

頭を抱えながらぐるぐるとそんなことを考えて、というか必死に弁明していたら、ぽんっとついさっき耳に飛び込んできたセリフが脳内で再生された。しかも、音声つきで。

『ウブなのね』
「だああああっ!!」

思い出すな、思い出すの禁止! というか、いちばん思い出すとヤバイのはその前だ。
……なんて自分に言い聞かせていたら、よりによってその思い出すといちばんヤバイものを思い出してしまった。しかも、脳内でその映像を再生してしまった。
もちろん、やっぱり脳内で。

「うわああああああっ!?」

わかりやすい言葉があったわけじゃない。むしろ、言葉なんてひとつもなかった。なまじ言葉が存在しなかったから、よけいにインパクトがあったのかもしれない。
とはいえ、今さらそんなことが判明しても時すでに遅し、なわけだ。
いやもうほんと、穴があるならこのまま埋まりたい。むしろ、穴を掘って埋まりたい。
なんで自分で掘った墓穴には埋まれないのかって、本気で思いかけたそのとき。

「陽介?」
「ぎゃっ!?」

ぽん、と後ろから軽く肩を叩かれて、飛び上がりそうなくらい驚いた。

「な、な、な……!?」

あまりにも、突然すぎる。真剣に心臓がどうかなるかと思った。
ドキドキっていうよりはすでにばくばくの域に片足を突っ込んでいる心臓を必死に落ち着かせようとしていると、肩に乗っていた手(だと思われるもの)がそろそろと動いて、背中をゆっくり撫でてくれた。その優しい動きに、少しだけ呼吸が落ち着く。

え、あれ? でも、この背中を撫でる手つき、ものすごく身に覚えがあるような?
──まあ、今さら言うまでもないとは思うけど、よりによってそんなときばっかり、予感というモノは当たるのだ。
もちろん、いい予感なワケがなくて。

「どうしたんだ? 廊下でいきなり叫び声あげて」
「ゆ、悠……?」

……おそるおそる振り向いてみれば。
そこには、俺を説明不可能な挙動不審に陥らせた、張本人がいた。



「とりあえず、落ち着け」

そう言った悠から手渡されたペットボトルは、そりゃあもううっかりすると中が凍ってそうなくらいに冷えていた。売店で買ってきたらしいけど、ウーロン茶ってこんなキンキンに冷やすものだったっけか?

「誰のせいだと……」

ぶつぶつとぼやきながら、ペットボトルのフタを開ける。万全すぎるくらいに冷えていたせいか少し手こずったものの、なんとか噴きこぼしたりせずにはすんだようだ。
やけくそ気味に、開けたばかりのペットボトルをあおる。ウーロン茶のほのかな苦みと、びっくりするほどの冷たさが、少しだけ気持ちを落ち着けてくれた。

文化祭の真っ最中、しかも昼前の屋上には、俺たちに以外まったく人気がない。まさに、ひとっこひとりいない。
合コン喫茶のサクラ作戦が早々に失敗したから、まだ昼までは少し時間がある。考えてみれば当然のことだった。
ただ、その落ち着いたかもしれない気分も、長くは続かないわけで。

「……誰のせいなんだ?」
「お前に決まってんだろおおお!?」

不思議そうに首を傾げたド天然のせいで、あっという間に俺の脳内は混乱状態に戻る。それはもう、いっそ見事なほどだった。

「え。なんで?」

しかも、本人にまったく自覚がない。どうしよう、これ無自覚の犯行だ。
正確にはべつに犯罪でもなんでもないんだが、直撃で被害を受けた俺からしてみればまさにそんな気分だった。たぶん、主張しても通じることはないんだろうけど。

「お、おま……」
「陽介?」

とっさになんて言えばいいかわからなくて、つい悠を指差しながらぱくぱくと口を開けたり閉じたりしてしまった。あ、これ、ものすごくバカっぽい。
ただ、そんなツッコミどころのありすぎる挙動が、悠になにかを気づかせたようだ。
不思議そうだった表情に、心配の色が加わる。しかもそれだけで留まることなく、なにかを悔やむような風情まで漂いはじめた。
まずい。これはヤバイ。

「もしかして……俺、陽介になにかしたのか?」
「え……と、その、そういうわけ……じゃ、ないってーか」

そして案の定、そんな展開になった。助けて、神様。
冗談なんて通じませんって言いたげな涼しい顔のまま、超絶ノリノリで合コン喫茶サクラの女子役をこなしていた悠の言動に俺が勝手に振り回されて撃沈しただけであって、べつに悠が直接俺になにかをした、というわけではないのだ。

ただ困ったことに、それをちゃんと説明できるだけの話術がない。
ジュネスでセール品を売るために調子のいいことばっかり並べ立てたり、特に親しくない相手と波風立てない関係を継続するために心にもないことを言うのは慣れていても、こんな風に真摯に向かってきてくれる相手に誤解されないように説明するなんて、とてもじゃないけど難易度が高すぎた。どうすればいいんだ。

「ちょ……っと、驚いただけだって。悠が、とんでもなくノリノリだったからさ」
「俺が?」
「合コン喫茶のサクラ」

正確にはちょっとどころじゃなく驚いたし、ノリのよさっていうか演技の徹底さに動揺するどころじゃすまなかったけど、なんというかそれ以外言いようがなかった。

基本的に真面目なヤツが全力でバカをやろうとすると大惨事になるってことは、修学旅行で身に染みている。あれは、本当に散々だった。結果的にタナボタ的なラッキーを拾ったような気がしなくもないが、未だにあれはもしかしたら夢だったのかもしれない、とも思っている。いや、けっこう本気で。

ただまあ、たったそれだけで悠に俺の言いたいことがすべて伝わるはずもない。
それでも俺が疲労困憊している理由が判明したことにホッとしたのか、悠の表情が少しだけ明るくなった。

「ああ、あれか。面白かったな」
「……それは、なによりで……」

アレを『面白い』で片づけられるんだから、やはり悠は大物だと思う。
……だけど、よくよく考えたらここまでダメージを受けてるのはどうも俺だけだったみたいだし、やっぱり『面白い』ですませていいことなんだろうか。いやまあ、俺の感情がある意味常識の範囲内から逸脱しているせいで、よけいややこしいことになっているのはわかっているんだが。

ああもう、さっきから「いや」とか「でも」とかばっかりだ。しっかりしろ、俺。

「あんなの、初めてやった」
「まあ……そりゃ、な。誰もが一度はやったことある、とかそういうモンじゃねえだろ」

案出したの、俺だけどな。今では、まさか採用されると思わずに軽率なことをした本気で悪かったって、心の底から反省している。
ということは、だ。結局のところ、どこまでも俺の墓穴で自業自得、なんだろうか。
……困った。なにも反論できない。

「でも、楽しかった」

悠は合コン喫茶での出来事を反すうしているのか、なんだか妙に楽しげな表情で宙を眺めている。どこから見ても完全な失敗だったのに、悠にとってはそんなのまったく関係なかったようだ。
楽しめたなら、それはそれでいいと思う。たぶん、里中も天城も完二も長瀬も、悠以外のみんなは大やけどをしたとしか思っていないだろうけど、そんな有様だったはずなのに楽しめたなら言うことはない。ドリンクのかわりにラーメンとか出てきちゃったけど、まあ愛家の出前のラーメンは美味かった。

ただ、まあ。楽しかったなら楽しかったで、気になるわけだ。

「……特に、どのあたりが楽しかったワケ?」

悠の心の琴線に触れたのは、一体なんだったのかって。これはもう、俺の個人的な興味としか言いようがない。

「うーん? 全部、楽しかっ……ああ、陽介の反応がいちばん面白かった」
「おいいいいい!? ちょ、待ってそれどういうこと!?」

なのに、よりによって返ってきたのはそんな反応だった。しかも、悠には真顔で思案されている。なんて言えばいいんだ。
もう、手にしたペットボトルを放り出しかねない勢いで、悠に泣きつくしかない。
半分くらい、本気で泣いていた気もする。とにかく、動揺が激しすぎた。

「え、だって、いちいち全部反応してくれるし」
「そりゃね!?」

そもそも、そこで俺に反応するなってほうが無茶だった。
そのものずばり、常識的に考えれば受け入れてもらえる可能性がない片思いの相手(しかも同性)が、合コン喫茶でなんと異性側に座ってるとか、普通だったらありえない。改めて言葉として表現してみて、その冗談としか言いようのないおかしさに気づく。

もしかしたら気づかれたかもしれないって今さらのように一瞬青くなったけど、すぐにそれは杞憂だということもわかった。もし、俺のあの過剰としか思えない(さすがに、それくらいの自覚はある)反応の所以に気づいていたら、いちいち全部反応してくれるから楽しいなどとのんきなことは言っていられないだろう。

そう思えば、少しだけ普通に息ができる。でも、やっぱり微妙に理不尽な気もした。
なんで、俺ばっかりこんな右往左往七転八倒するハメになってるんだろう。

「つーかだな、お前ら全員天然すぎるっつの……なんで、ツッコミが俺しかいないんだ」
「頼りにしてる、陽介」

心のままにぼやいてみれば、悠には楽しそうに笑われた。しかも、がんばれとでも言いたげに肩まで叩かれた。ちょっと泣きたいけど、冗談交じりとはいえ悠に頼りにされているという事実は嬉しい。

「ああ、でも」

そのことに、ちょっと癒されていたら。

「あの中で彼氏にするなら、やっぱり陽介だと思う」
「はあっ!?」

予想外のところから、とんでもない爆弾が降ってきた。しかも、核爆弾級のとんでもないヤツが。それはもう、この上なく豪快に。
本気で、意味がわからない。

「陽介は優しいし、いつだって俺のことを助けてくれる。俺にとっては、ヒーローなんだ」
「ゆ、ゆゆゆ、悠? 悠さん?」
「どうした、陽介」
「そそそそれ、冗談……デスヨネ?」
「嘘じゃないぞ。もちろん、冗談でもな……あ」

なぜかそこで言葉を切って、悠は時計を見る。アーモンド型の目が、またしてもまん丸くなっていた。

「こ、今度はなに」
「一条が主役やる劇が始まる。陽介も見にいくか?」
「い、いや、俺はいいわ。劇とか見てたら寝ちまうしな。行ってきな」
「わかった。じゃ、また後でな」
「おう」

ひらひらと手を振りながら、屋上を後にする背中を見つめる。その姿が扉の向こうに消えていくのを確認してから、俺はその場にしゃがみこんで頭を抱えた。

「も、死ぬ……!!」

本気で、天然は凶器だ。爆弾だ。頼むから、無自覚に人を誘惑しまくらないでほしい。
いやもう、本当に。こちとら、息も絶え絶えだ。

「どうしろってんだ……!」

そんな悲鳴を上げてみたところで、十中八九どうもしないと言われるだけなんだが。それもたぶん、不思議そうに。あの猫みたいな砂色の目で、じっと俺を見つめながら。

「も、ダメだこりゃ」

その視線を想像しただけで、心がざわついて落ち着かないことになる。
どうやら、俺のバッドステータス・混乱は、しばらく解けそうにない。