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#09


「おう、遅かったじゃん」

鳴上が商店街に戻ってきたのは、犯人を無事確保したってメールを送ってからかなり経ってからだった。

「久慈川のこと、送ってきた」
「あー、そりゃそうだよね」

鳴上の返答に、両手にビフテキ串を持ったままの里中が頷く。
鳴上待ちだからって豆腐屋の前を陣取ってるわけにもいかないし、俺たちは総菜大学のほうまで戻ってきて、そこでこいつを待っていた。

総菜大学前に設置されている簡易テーブルと椅子(どう見てもビールケースと合板の板と空き箱)はちょうどみごとに全席空いていたので、これ幸いと占拠したというわけだ。一応ビフテキコロッケは人数分にいくつかプラスしてちゃんと買ってるし、そこのところは大目に見て欲しい。里中はそれに加えて、ビフテキ串も食ってるわけだし。

里中がビフテキ串一本で満足するとは最初から思ってないが、改めて見るとこの二本両手持ちの光景は圧巻だ。
鳴上も、そう思ったのかもしれない。空いている椅子に腰を下ろしながらちらりと里中に視線を向けて、小さく笑っている。
でも、すぐその笑みは引っ込んで、真顔になった。

「犯人、捕まえたって?」
「うッス。ただ……」

鳴上の問いかけに、完二が答えを返す。でも、その顔に浮かぶ表情は苦々しいものだ。
まあ、気持ちはわかる。足立さんは喜んでたけど、あれで終わりだとはどう考えたって思えない。

「ただ?」
「ハズレだな、あれは」

首を傾げた鳴上には、俺が続きを答えた。完二も、眉間にしわを寄せたまま頷く。
なんというか、他に言いようがない。

「ハズレ、か」

俺と完二の見解を聞いて、鳴上もほんの少しだけ眉を寄せた。まあ、せっかく張り込みまでしたのに結果がハズレ、じゃな。

ただ、りせちーを連れて安全な場所へ避難した鳴上が帰ってくるのを待ってる間に全員で話し合ってみた結果、やっぱり俺たちが取り押さえたあの怪しいヤツは、ただのカメラ小僧でアイドルオタクなんじゃないかって結論に達していた。
困ったような笑顔で、それを鳴上に伝えたのは、天城だ。

「うん……さっきの人、本当にただのファンだったんじゃないかなって。ね、千枝」
「まー、ただのファンにしたって、盗撮は犯罪だけどね!」
「なるほど、たしかに」

握りしめた拳を天へと突き上げている里中に向かって、鳴上が頷いている。その顔に浮かんでいる表情は、ものすごく真剣だった。
いや、そこに力いっぱい同意してどうするんだ。間違っちゃいないけど。犯罪だけど。

とりあえず、休業してるアイドルのプライベートを盗撮しようとするはた迷惑なファンっていうかオタクは排除できたものの、本来の目的からはかなりかけ離れている。

今日は、無駄足踏んだ。結局は、これに尽きる。

「んじゃま、解散すっか」
「そうだな」

仕方ないから軽く手を上げて解散を提案したら、鳴上がこくりと頷いた。

それを合図にして、みんなが立ち上がる。適当に買い込んでテーブルの上に積んでおいたビフテキコロッケは、みごとに全部なくなっていた。たぶん半分以上、里中と完二が食ったに違いない。
余るよりはいいけどな。つーか、鳴上の分まで食いやがったか、こいつら。

「じゃ、お疲れっす」
「また明日、学校でね」
「おっつかれー」

まあ、実際にはそんなツッコミをする気も起きなくて、手を振りながら去っていく里中、天城、完二の背中を見送った。

なんでその中に鳴上の名前が入っていないのかというと、当の鳴上はまだ俺のすぐ横にいるからだ。俺の隣で、ひらひらとみんなに向かって手を振っている。
みんなでこうやって集まるとき、鳴上は大体、最後まで残ってこうやって仲間たちの背中を見送っていた。なぜかは、よくわからない。

特に理由を聞いてみたこともない。ただ、短い間にいろいろありすぎてだいぶ飽和状態の記憶を掘り返してみると、俺がペルソナを得たあの日──鳴上に俺の赤裸々な本音その他を全部知られたあの日も、そうだった。隠しておきたかったことを全部知られて、しかも命まで助けてもらって、小西先輩をテレビに落とした犯人を見つけたいと言い出した俺を全部受け止めてくれた鳴上は、やっぱりこうやって別れ際に背中を見送ってくれた気がする。

今となってはあまりよく覚えていないものの、なんとなくその眼差しのあたたかさに安心していたような気もした。
誰かが見守ってくれることへの安堵、というか。

「……花村?」
「うおっ? な、なに?」

鳴上の顔を横目でチラ見しながらそんなことをつらつら考えていたら、その当人に横から名前を呼ばれた。

あわてふためきながらちゃんと視線を合わせなおしたら、鳴上は色素の薄い瞳をぱちりと瞬かせる。不思議なものを見た、そう言いたげな目だ。
いや、実際、なんで俺があわててんのか不思議なんだと思う。

「帰らないのか?」
「あー……うん、ちょっと」

特に、帰らない理由があったわけじゃない。でも、気づいたらそんなことを言っていた。自分でも意味がわからない。

「ふうん?」

不思議そうな表情のまま首を傾げる鳴上は、そこには特につっこんでこなかった。ありがたいのか、どうせならつっこんでほしかったのか、じつはそこすらわかっていない。ただ、なんとなくこのまま鳴上と別れてしまうのは惜しい気がして、なにか話題がないかと頭の中を探った。

毎日のように顔を合わせてるのになんでそんな気分になったのかは、もちろん不明だ。
もうこの際、俺の知ったこっちゃないと開き直りたい。
……いや、まちがいなく俺自身のことなんだけど。

「あー……ところでさ」
「ん?」
「りせちー、どうだった?」

結局のところ飛び出してきたのは、今日一日っていうか昨夜からずっと俺の頭の中を占拠していたことだった。

どうやら鳴上は、今日の今日までりせちーのことをまともに知らなかったらしい。かなり有名なアイドルだってのに、知らなかったっていうのが驚きだ。CMにもかなり出演してるから、今まで一度も目にしたことがないってことはまずない。つまり、意識することもないくらい興味がなかったてことか。ある意味、すごい。ほんとに俺と同い年の男か、こいつ。

……いやまあ、そういうヤツだっているよな。アイドルのことはさっぱり知らなくても、少なくともこいつは俺より上位の成績をキープしている。
ちなみにその鳴上は、俺の野次馬根性っていうかミーハー精神丸出しな質問に耳にして、至極真面目な顔をしてみせた。

「アイドルも大変そうだった」
「や、そーゆー意味じゃなくて……」

もちろん返ってきた答えは、予想の斜め上を軽く凌駕した感じだったが。うん、なんとなくそんな気はしてた。

そういう方向に行くとは思ってなかったけど、俺の予想なんて目じゃない反応が飛び出してくるだろうなって覚悟はしてた。
覚悟はしてたのに、その上でもやっぱりあ然とできちまっただけだ。
──俺はもしかして、鳴上の天然っぷりをなめていたのかもしれない。

でもこいつ、アイドルへの興味は薄そうだったけど、いわゆる男子的な女子への興味はごくごく普通にあるはずだ。けっこう平気でそういうこと言ってるし、今日だってさらっとそんなこと口走っていた。

「どういう意味なんだ?」

なのに、これだけじゃそっちに思考がいかないらしい。どこまで天然なんだ。
でもまあ、そもそもアイドルに興味ないんじゃ仕方がないのか。そうだ、俺の感覚を基準にしたらいけないんだった。

「だから、りせちーは今をときめく人気アイドルだっつってんじゃねえか! なんかこう、あるだろ? 健全な高校生男子だったら!」
「うん?」
「りせちーの脚のが、里中の脚より絶対イイとか」
「ああ、なるほど」

とりあえずわかりやすいところを挙げてみたら、鳴上の目がちょっと大きくなった。もしマンガとかだったら、なにかひらめきましたって感じに電球マークでもつくところなんじゃないだろうか。

「どっちもいいと思う」
「…………」

なのに、これだ。里中と一緒にされたりせちーが哀れすぎる。

里中の脚もべつに悪いわけじゃないが、どっちかって言えば美脚の部類に入るんじゃって気もしないことはないんだが、あれはなまじ鍛えあげられてるせいで武器にしか見えない。女子の足のはずなのに、どうしてもそういう意味で魅力的なパーツだと思えなかった。
 武器としては素晴らしいと思う。ついでに形もキレイだ。言うことないよな。でもこれ、たぶん里中に面と向かって言ったらやっぱり蹴られるだろう。

……先入観なく、さらに分け隔てなく愛でることができる鳴上のマイペースさが、ちょっとうらやましくなってきた。

「うーん」

とにかく、鳴上にとって脚に優劣の差が付けられないのだとすれば……と、必死になって他の要素を考える。なんでこんな必死になってるのか、笑えるくらいだ。いや、どう考えてもりせちーのファンだからだよな、俺が。
自分の好きなものを認めてもらいたい、一緒に好きになってもらいたいって気持ちが猛烈に働いているのがわかる。
やっぱ、好きなヤツには同じモノ、好きになって欲しいもんだろ? 最初から嫌いだって言うなら無理強いするつもりはないけど、知らなかったってだけなら好きになってもらえる可能性は低くない、気がする。

「……ウチの学校の女子とはオーラが違う、とか」
「そうか? みんなと同じくらい、かわいかったけど」
「…………いや、だから、そういう意味でもなくて」

たしかに、今日のりせちーはテンション低かったけど! でもテンション低くてもやっぱりかわいかった。それは間違いないけど、俺が言いたかったのはそういう意味じゃない。

「わかった、これ聞け」
「え? うわ」

もうこれがいちばん手っ取り早い気がして、無理矢理持ち歩いてたヘッドホンを鳴上に押しつけた。問答無用で鳴上の頭に被せてから手元のポータブルプレイヤーを操作して、リストから適当にりせちーの曲を選び出す。ヘッドホンのサイズが合ってなくても、この際我慢してもらうことにした。つーか、自分で勝手に調節してくれ。

目をぱちぱちさせながら、それでも取ってしまうことはせずに両手でヘッドホンの位置をいじっていた鳴上の様子が落ち着くのを待ってから、再生ボタンを押した。
ちょっとだけ、鳴上の表情が変わる。瞬きが止まって、ほんのわずか首を傾げた。
真面目に聞き入っているように見える。強引に聞かせたのは俺自身なんだけど、そうやってちゃんと聞いてもらえるとなんか嬉しい。

「……久慈川の声だ」
「そりゃ、それりせちーの歌だもんよ。いい曲だろ?」
「うん」
「俺がファンやってる理由、わかってくれた?」
「ああ」
「そっか!」

もちろん、こうやって肯定してもらえればもっと嬉しかった。どうしよう、今日ホンモノのりせちーに会えたときより舞い上がってるような気がする。
浮かれた気分のまま、真剣に俺がすすめた歌を聞いてくれている鳴上を眺めていたら、ふいにその張本人が顔を上げた。
まっすぐに視線を向けられて、今度はこっちが首を傾げる。なんだろう。

「花村の好きなもの、知れてよかった」
「へ」

かと思えば、なぜか目元を和ませた鳴上の口から飛び出してきたのは、そんなストレートな一言で。

正直、一瞬意味がわからなかった。
……意味を正しく理解したら、今度は顔面に熱が集まっていくような気がした。
ちょ、なに恥ずかしいこと言ってんの、なんてまっとうなツッコミすら出てこない。理性というか頭では一応そんなことも考えられるのに、口がまったく動かなかった。

俺が口をぱくぱくさせながら呆然としていることに気づいているのかいないのか(おそらく気づいてない)、鳴上は真面目な顔でまたヘッドホンを通して耳に流れ込んできているはずの歌に集中している。
──俺の好きな歌だから、聞いてくれている。

「……みんな、いろいろ悩みがあるよな」
「へ?」

そんなことを噛みしめながらちょっと自分の世界に入り込んでいたせいで、呟かれた言葉にとっさに反応できなかった。
聞き返してみると、鳴上は小さく首を傾げてみせる。それから、ヘッドホンの耳当ての部分に両手を当てた。まるで、耳を塞ぐように。

「本当の自分って、なんなんだろうな」

実際は、耳を塞いだわけじゃないと思う。単に、ヘッドホンを外そうとしただけだろう。
それなのに、妙にその仕草が気になった。

「……お前、そんなの心配する必要ないだろ?」

そのせいか、どこかいぶかしむような、なにかを探るような言い方になってしまったような気がする。
それに、鳴上がそんな心配する必要は、本当にないと思う。表情があまり動かないからわかりにくいだけで、こいつは自分を作るとか偽るとか、まったくしようともしていない。よくよく見れば、素直に感情を表していた。

「そっか」

──もしかしたら、自分を抑えてしまうことはあるのかもしれないけど。

「ありがとう、花村」

なぜか微かな笑みを向けられて、俺はその場で硬直した。
べつに鳴上の笑顔を、一度も見たことないってわけじゃない。何度か目にしている。
なのに、固まった。驚いたわけじゃない──と、思う、
ありがとう、なんて礼を言われたことに動揺したのか。

「……お、おう」

なんでか、うろたえた。