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#05


「……ところで、海老原とは結局どういう関係?」
「え」

バスケ部の練習試合に引きずり込まれた後、愛家で打ち上げした帰り道で、なぜか解放感あふれた顔をしてる鳴上をとっ捕まえて小声で聞いてみた。

いつの間にか海老原とくっついてたと思ったら、なんかどうも事情があるっぽい。どう見ても鳴上が海老原に振り回されてることに憤慨してた里中を焚き付けて、というか煽って強引にバスケ部のマネージャーをやらせてみたら、いきなり練習試合の真っ最中だってのに場外乱闘みたいなことになってて正直驚いた。あれが女の戦いってヤツか。すげえ。時も場所も選ばないってマジだった。
まあ、里中が鳴上のこと好きでもべつになんも問題はないっていうか、そうだったとしたらそれはそれで普通に応援するんだが、今のところ里中がいちばん大事にしてるのはどう見たって天城だろう。そんな里中と、鳴上と付き合ってたっぽい海老原のいさかいがなんであんな大ゲンカに発展したのか、つい面白がって見物しちまったけど理由はさっぱりわかっていなかった。

ここ数日ずっと鳴上にくっついて離れなかった海老原は、今は一条の隣に並んでいる。かすかに頬を染めて一条を見上げる横顔は、なんというか恋する乙女のものに見えた。
つまり、これは結局どういうことなんだ?

「海老原と付き合ってたんじゃねえの?」

ちょいちょいと鳴上の腕を引いて、前を歩いている連中と距離を取る。鳴上は歩くスピードを遅くするだけじゃなくて、素直に足を止めてくれた。いいヤツだ。

「違う」

それだけじゃなくて、俺の質問への回答もびっくりするくらい早かった。なんかもう、一分一秒でも早く否定しなきゃいけない、そんな使命感でも帯びてるんじゃないかってくらいに超速だ。
しかも、めちゃくちゃ語気が強い。こいつがこんなに強い否定を口にするところを、初めて見た。

「え、あ、そうなの?」
「付き合ってない」

今度は、ふるふると首を左右に振っている。しかも、思いっきり力が入っていた。
その否定の仕方が、逆に怪しい。

「や、だって、こないだ授業サボってデートしてたじゃん? 俺と里中の目の前で、海老原に連行されてたよな」
「あれは本当に連行されただけだ」
「確かに、問答無用だったけどさ」

でも、あの海老原があんなデレッデレな態度取るなんて、普通じゃありえない気がする。荷物持ちだったら他にいくらでも我先にと名を上げるヤツがいるだろうに、あえてまったく乗り気じゃなかった鳴上を引きずっていったのはどうしてか。
さすがに、鳴上が乗り気じゃなかったことくらいは俺にもわかった。

「…………」

なにを言っても食い下がってくる俺を、鳴上が困った顔で見下ろしている。
かと思ったら、少しずつ表情が違ってきた。あ、これはジト目ってやつだ。あんまり迫力はないものの、にらまれてる。
真剣モードに入るととんでもなく目つきが悪くなるこいつに本気でにらまれたら、こんなもんじゃない。だから、すぐにわかった。
たぶんだけどこれ、拗ねてるんだ。

「お前、面白がって里中を焚き付けただろ」
「はい、そうです。スイマセン。調子に乗りました。海より深く反省してます」

ここは、素直に謝っておくに限るだろう。鳴上の腕をつかんだまま深々と頭を下げると、頭の上に深いため息が落ちてきた。

「なら、いい」

どうやら、許してくれたようだ。こいつ、身内には甘いタイプだな。

「いろいろ、タイミングが悪かったんだ。海老原は荷物持ちが欲しくて、それ以上にたまたまひとりでいたくなかった。俺はその原因を知ってたから、ちょうどよかっただけだ」
「ふーん……?」

上から降ってきた言葉を拾い集めながらそろそろと頭を上げると、鳴上は困り切った表情でまたしてもため息をついている。よほど、堪えたらしい。
だけど、次の瞬間、優しい笑みを浮かべていた。

「でも、もう大丈夫だって言ってた」

声にも、安堵がにじんでいる。海老原のことを考えて、だろうか。
鳴上の顔に浮かんでいる笑みは、なんというか娘のわがままをしょーがないなーって聞いてやってる親父さんが浮かべてる笑顔みたいだった。詳細はよくわらないが、というかたぶん聞いちゃいけないプライベートなことなんだろうからこれ以上は聞かないけど、なんていうか同い年の女子に向けるものじゃない慈愛に満ちている。

そんな表情を見てたら、ひとつ気になってしまった。

「お前は?」
「え?」
「お前は大丈夫なのかって聞いてんの」

そんなに意外だったのか、ぱちぱちと鳴上が目を瞬かせる。くりっと丸くなっていて、まるで猫の目みたいだ。

詳細は理解していないながらも、ひとつだけわかったことがある。さっき鳴上がやっと解放されたって言いたげな顔してたのは、海老原が「もう大丈夫だから」って自分から無理につないでた手を離したからなんだろう。
安堵したのは、海老原が大丈夫になったから、だけじゃない。やっと普通の友達の距離に戻って、ホッとした。そんな感じじゃないかと思う。

人見知りするくせに、頼られると嫌と言えないヤツだ。だとすると、ものすごい無理をしてたんじゃないかって心配になってくる。
そして、それはあながちはずれてもいなかった。

「……エビがトラウマになりそうだ」
「ちょ、そこまでかよ」

心の底から疲れましたとでも言いたげにがっくりとうなだれて、鳴上は俺の肩に額をぶつけてきた。
肩のところで深いため息をついている頭を、労りの気持ちを込めて撫でてやる。色素の薄い砂色の髪はまっすぐで、さらさらしてるけど少しだけ固い。
寝癖がついたら大変そうだ。でも、猫っ毛でどうにも始末に負えない、なんてことにはならないんじゃないか。ワックスの世話にもならなくてよさそうだ。

「まあ、これからは普通の友達でいけるんだろ? よかったな」
「うん」

肩に懐かれたままこくりと頷かれて、なんとなくまた頭を撫でてみる。
たとえ荷物持ちでも、ひとりになりたくないから体よく利用されただけでも、海老原は八高でかなりの人気を誇る美少女だ。海老原から迫ってきたわけだし、せっかくなんだからそれなりの権利を堪能しとけばよかったのに。でも、こいつ真面目だし、そういうことはできそうもないか。ちょっと、安心した。

──そう思いかけて、はたと気づく。
なんで俺、そこで安心してんの?

「わけわかんねえ……」
「花村?」
「や、なんでもない」
「わ」

俺の独り言を聞きつけて顔を上げようとした鳴上の頭を、もう一度押さえつける。うん、これはたぶん考えなくてもいいことだ。
そんなことより、よっぽど重要なことがある。鳴上の頭を抱え込んだまま、その頭の持ち主へと言い聞かせるように言葉を続けた。

「つーか、彼女できたら教えろよ、このー。内緒になんかしてんなよ。相棒だろ? 秘密にされたら俺、拗ねるからな」
「え……ええ? できないと思うけど」
「お前、自分の顔見てからそれ言えよな」
「自分の顔見ても楽しくない」
「そういう話じゃねえよ。いいから教えろよ?」
「わ、わかった」
「よーし」

かなり強引に約束をもぎとって、満足する。約束さえしちまえば、鳴上はちゃんとそれを守ってくれるだろう。

なんで、こんなことにこだわってるのか、じつは俺にもよくわからない。
海老原のことを事前に教えてもらえなかったのが、そんなに気になっていたってことなんだろうか。それもどうだ。
事情があって一緒にいただけで、べつに恋人同士になったってわけじゃなかったんだからしょうがないだろって思う。終わった後も言えないようなワケありの件を、鳴上が解決前にちょっとでも口にできるはずがない。

それに、解決後とはいえこうやって「疲れた」って甘えてくれるようになっただけでも、かなりの進歩な気がする。あんまり人に懐かない猫が、やっと手からエサを食ってくれたような気分だ。
そう思ったら、やけに気分が浮上した。どういうことだ、これ。
まあ、いいか。

「そーいや、バスケ部どーなの?」

さすがに鳴上の頭を抱え込んだまま歩くのは難しいので、しぶしぶ手を離す。長い間不自然な体勢を強いられる羽目になっていた鳴上は特に嫌な顔もしてはいなかったが、さすがに背筋が辛いことになってたのか一度大きく伸びをしてから小さく笑った。

「けっこう楽しい」
「そっか」

楽しいなら、いいことだ。一条も長瀬もいいヤツだし、バスケ部でなら鳴上が嫌な思いをすることもないだろうって安心できる。
……なんだか、鳴上の親にでもなったような気分になってきたな。

「花村もやればいいのに」
「俺はパス。今日みたいに助っ人くらいならやってやるけどな。ただし、助っ人になるかどうかは謎だけどな」
「そうだな」
「え、そこうなずいちゃう?」

なんてことのない普通のやりとりが、心地良い。

事件の犯人はまだ見つかっていないし、手がかりすらない。今は天城が復活するのを待つしかないわけで、まったく焦っていないかと言われれば嘘になる。
でも、今はとりあえず平和だった。テレビの中に人が入れられているわけでもなく、マヨナカテレビにも人は映っていない。

だから、こうやって日常を堪能していたっていいはずだ。事件を解決したい気持ちも本当だけど、こいつと過ごせる日常の時間を大切にしたい気持ちも本当だ。
こんな深い付き合いかたしてる友達なんて今までもひとりもいなかったんだから、しょうがない。今までみたいに、距離が離れたらそのままぷっつりと切れてしまうような関係にはしたくないと心の底から強く思う。

──彼女ができたら教えろって強引に約束させたのも、その一環かもしれない。よくよく考えなくてもウザイな、それ。今さらだけど。
なにかひとつに入れ込むと我ながらウザイところがあるって、自分でも思う。ただ、それを改善するのはなかなか難しい。

とりあえず、鳴上にウザイって言われたら考えよう。
結局は、そんなどうしようもないところに落ち着いた。