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#03


「すごいな」
「へ?」

今日も今日とて、鳴上の言動は唐突だ。

まだ知り合ってから一週間も経ってないはずなのに、脈絡がないように見えて鳴上の中ではきちんと筋が通っているらしい言動にも、すっかり慣れてきた。この場合、本人の中では完結してるから、理解できなかったら聞くしかない。
鳴上は言葉の選び方がかなり独特で、しかもそうやって繰り出される言葉も圧倒的に数が足りないが、こっちから詳細を聞けばすっ飛ばされた思考の過程も教えてくれる。つまり、あ然としたまま放置しなきゃいいってことだ。

幸い、俺はツッコミなら得意なほうだった。おかげで、斜め上の反応に驚愕させられることはあっても、話が続けられなくて困ったことはない。

「すごいってなにが。空に猫のかたちした雲でも浮かんでたか?」

だから、今も普通に反応できた。バイト用のエプロンを外しながら、適当になさそうなことを口にしてみる。

あえてのハズレ狙いだ。俺の思考回路を基準にして正解を狙ったところで、そんなの当たるわけがない。鳴上の思考回路をトレースしたかったら、ありえねえと端っから切って捨てるような突拍子もない発想が必要だ。

外したエプロンをフードコートのテーブルに放り投げて、それから疲労困憊で椅子に身を投げ出す俺の動きを目線だけで追っていた鳴上が、ぱちりと目を瞬かせる。
 かと思ったら、あまり感情を表さない目元がわずかに緩んだ。口元も、心なしか優しげになってるような気がする。

「猫はいいな」
「…………」

ただし、返ってきた反応はやっぱり想定の範囲外だったけど。
よく見なきゃわかんないくらい表情が和らいだのも、脳内で猫を想像したからか。うん、なんかものすごく納得した。

俺よりも五センチ程度とはいえ背が高くて、黙ってればものすごくクールに見えるイケメンのくせに、猫とか犬とかそういった小動物が妙に似合う気がするのはどうしてか。これはやっぱり、基本的におとなしいくせにたまの言動が面白いせいだろうか。いわゆる、ギャップがあるほうがどうこうっていう。

ただしこいつの場合、日頃はズレてるしどこまでもボケてるのに、決めるときはしっかり決めやがるから詐欺くさい。ずりい。
でも、そんなこいつのことを、俺はなんだか誇りに思ってる。……ようだ。

「わかった。お前が猫好きなのは、よくわかった」

とりあえず、さっきの「すごい」が猫につながっている、というわけじゃないだろう。それはほぼ、確実に。

固い椅子の背に全身の体重を預けつつ、その話題はもういいですごめんなさい、という主張を込めてひらひらと手を振る。ありえなさを狙ったとはいえ、猫好きに猫の話題を振った俺が馬鹿だった。悪かった。空気読まなきゃいけなかった。鳴上がそんなに猫好きだったとは思わなかったんだ。改めて、冷静になって考えてみれば、猫嫌いだって言われるよりよっぽど納得できるってのに。
ただまあ、鳴上にそんな俺の心の声が聞こえるはずもないわけで。

「え。なんで知ってる?」

わずかに首を傾げた鳴上が、心の底から不思議そうにそう言った。表情そのものはべつに動いてないんだが、そんな鳴上の些細な動きから、俺はいつの間にかある程度の感情は読み取れるようになっていたようだ。

常に斜め上だけど、鳴上は基本まっすぐに見える。あるのかもしれないけど、今のところゆがみが見えない。だからかもしれない。
表情が動かないからこの上なくわかりにくいし、発想が斜め上だからどこにすっ飛んでいくのかも不明だが、根っこの部分がまっすぐでしかもシンプルだから、コツさえつかめばわかりやすいのか?

そうやって考えると、なんだか小さな子どもみたいだ。嫌なわけじゃなくて、もちろんバカにするわけでもなくて、なんて言えばいいんだろう。
外見も中身も頼り甲斐があるのに妙なとこ危なっかしくてほっとけないって、これもある意味すごいギャップなのかもしれない。

「今のやりとりでそれ理解できないヤツがいたら、ぜひともお目にかかりてえよ」

それってもしかして、目が離せないってことなのか。いや、まさかな。

一瞬だけ脳裏をよぎったどこから湧いて出たのかわからない結論には、心の中でだけツッコミを入れておいた。実際に口に出したのは、もっと違うツッコミだ。
猫って単語を耳に入れただけで、よく見なきゃわからなかったとはいえ幸せそうな表情をしてみせたくらいだ。あれで猫好きじゃなかったら、逆におかしい。

「……そうか?」

鳴上は、たぶん自分の表情が動いていた自覚そのものがないんだろう。不思議そうに、でもたぶんフードコードにいる他の客たちから見れば至って無表情にしか見えないだろう顔つきで、しきりに首をひねっていた。なんでそこで不思議がれるのかが謎だ。
こいつ、あんまり自分自身のことは知らないのかもしれない。
自分以外のヤツのことなら、見てないようであっさり一言で核心突いたりするのに。一昨日の俺とか、今日の里中のときみたいに。

「犬も好きだぞ」

結局のところ、考え込んでいた鳴上が行き着いた先はそこだったらしい。真顔で、真っ正面から俺に視線を向けて、そう主張した。ものすごく、気持ちがこもっている気がする。

うん、それも納得だ。こいつ見かけた犬が、尻尾振って道の向こうから駆け寄ってくるような光景が普通に想像できる。

「つか、お前たぶん動物なんでも好きだろ」

テーブルに頬杖をついた状態で鳴上の顔に視線を向けたら、心持ち見上げるような感じになった。やっぱりこれも身長差か。身長は俺のほうが小さいのに、座高は俺のほうが高いなんてそんな切ないことにならなくてよかった。今日、テレビの中に出現してたダンジョン内でこいつの背中を追っていて気づいたけど、鳴上は背も高いけど足も長いのだ。じつにうらやましい。
だからといって、卑屈な気分になったりはしなかった。素直に、田舎にしては洒落てる学ランに包まれた背中を眺めながら、感心してた気がする。

そういうポジティブな気持ちで向き合える相手と一緒にいると、なんだか心が軽くなる。
ちょっと癖になりそうだ。気持ちがいい。

「よく知ってるな」

鳴上はアーモンド型の目をちょっとだけ丸くして、やっぱり俺の顔をじっと見ていた。
髪と同じく色素が薄いその瞳を眺めていたら、またしてもあっさり脳内にひとつの光景が浮かぶ。

「で、動物と目と目で会話するんだ」
「……なんで知ってるんだ?」
「それっくらいなら、お前見てりゃ簡単に想像つくわ」
「そうか」

その説明で納得したのか、小さく頷いた鳴上のつむじを視界にひっかけつつ、俺は脳内に浮かんだ光景について改めて考察してみた。
犬や猫と往来や空き地で見つめ合ったまま、日が暮れるまでえんえんそれを続けてても驚かない。そういや、鮫川の河川敷に猫いたっけ。やりかねないどころか絶対やるって確信が持てるから、鳴上に教えていいのかどうか悩むな、これ。

それにしても、付き合いは短いのになんでここまで確信が持てるんだろうって少しだけ考えてみたら、すぐに答えは見つかった。
あれだ。鳴上の、クマに対する態度だ。
中身がからっぽの着ぐるみ、なんて不可解な生き物(なのか?)相手でも、鳴上はまったく動じたりしなかった。それどころか、哀れっぽく懇願してきたクマの頼みを、かわいそうだしの一言で引き受けていた。
正体こそ不明とはいえ、クマが悪いヤツじゃないことはさすがにもうわかってる。でも、人間相手だと最初は人見知り気味の鳴上がクマにはけっこうあっさり慣れたのは、クマが人型してないからなのかも、と思わなくもない。
どう考えても、クマはペットとかマスコット感覚だ。いくら鳴上が独特な感性の持ち主とはいえ、クマがメガネくれたから心を許した、とかじゃないと思う。

とにかく、そのへんから割り出していたのだとすれば、納得だ。
俺が鳴上の顔眺めながらそんなことを考察している間に、鳴上もなんらかの結論にたどり着いたらしい。なぜか、目元を緩ませて笑みを見せる。

「やっぱり花村はすごいな」

そして、ふりだしに戻った。
またそれか、どっちかってーとお前のがすげえよと言いかけて、はたと気づく。
もう一度、頭の中で鳴上が口にしたセリフを繰り返した。そして、自分がそれに対して抱いた感想も繰り返した。

──ものすごく今さらだが、俺は一カ所、大事なところを見落としている気がする。

「……おい。やっぱりって、最初のすごいなってアレ、もしかして俺のこと?」
「もちろん」
「え」

おそるおそる確かめてみたら、当たり前だと言わんばかりに肯定されてしまった。
というか、適当きわまりない説明で鳴上が理解してくれたことそのものが奇跡なのかもしれない。いやでも、話題をふりだしに戻したのは鳴上なんだから、べつに奇跡ってわけでもないのか。そうなのか?

そうやって動揺しながら泡食ってる俺を、頭の冷静な部分にいる別の俺がバカにしたような醒めた目で眺めながら嘲笑っているのがわかる。
この俺は、もしかしてあいつだろうか。ついこの間、ジライヤになった俺のシャドウ。
それとも、なんでこんなことで動揺してるんだってツッコミたい俺の理性だろうか。

「な、なんで?」

勝手にぐるぐるとなにかよけいなことを考えようとする自分自身をなんとかあっちのほうへと押しやって、俺はなんとかそれだけ口にした。

とりあえず、どこがすごいのかさっぱりわからない。鳴上には初っぱなから最低のところを見られているということもあって、こいつに対しては気負いみたいなものをほとんど持っていなかった。
つまり、格好良く見せようという意識もあんまりない。頼ってばっかりなんてのは男として冗談じゃないが、今までみたいに無理してでもとは思っていない。

つまり、口数のそんなに多くないこいつに「すごい」なんて言われるようなことは、なにひとつやっていない自信がある。
そんな冷静さを欠いた俺の疑問に対して、鳴上はためらいもなく答えをくれた。

「ちゃんと働いてる。テレビの中から帰ってきたばっかりで、疲れてるのに」
「え……や、ま、クマのメガネのおかげで疲れにくくなってるしな。タイムサービスのときだけの臨時手伝いだし、すぐ終わったし」
「でも、すごい」

しかも、まぶしそうに目を細めて、微かに笑っている。たぶん、これは笑っていると表現していい表情だと思う。
もう夕方で空に浮かぶ太陽は傾きかけているが、ジュネスのフードコートの中では隅っこに位置するここは、西日の直撃を受けるような場所じゃない。太陽がまぶしくて、目を細めているわけでもないはずだ。

途端に、顔が熱くなった。鳴上がすごいって感想に至った理由はともかく、すごいって本気で思ってくれてるんだって自覚したら、熱の上昇が止まらない。
嬉しさでどうかなりそうだ。

「お、お前だって待っててくれたじゃん。疲れてんのにさ」

そこまで嬉しくなってる俺自身がちょっと恥ずかしくなって、衝動で手を伸ばした。テーブルの向かい側に座っている鳴上の肩を、ぽんと叩く。

今日、テレビの中で影に遭遇し、ペルソナを得た里中は、もうとっくに帰っている。メガネなしでテレビの中の世界をうろつくのはやたらと疲れるし、なにより自身の影と向き合うのはかなりの重労働だ。心身共にぐったり疲れるのは、身をもって経験した。俺よりよっぽど体力があるかもしれない里中だって、それは同じだろう。テレビの中から戻ってきた直後はまともに立てないくらい、疲弊していた。
それでも、俺がバイトの助っ人に入っている間に、フードコートで少し休んだらだいぶ回復したみたいだ。鳴上はそんな里中に肩を貸しながら途中まで送って行って、そしてまたここに戻ってきていた。

「ジュネスのおすすめ弁当、教えてもらうって約束したし」

鳴上は真顔で、そんなことを言っている。それくらいお安いご用だったし、鳴上が小さなことでも頼ってくれるのが嬉しかったから、俺はもう一度軽く鳴上の肩を叩いた。

「おー、任せろ!」