5th Anniversary

「ところで、お前の誕生日っていつ?」
 尋ねてみたのは、たまたまだった。深い意味なんてものはどこにもなくて、ふと思い出したから、というのが正しい。
 女子は誕生日とか気にしたりするらしいけど、男だといちいちそのへん気に掛けるようなヤツも少ない。もちろん、知ってれば祝ったりする。ただし、どっちかっていえば誕生日ってイベントにかこつけて、ただ騒ぐのが目的って言ったほうが正しいかもしれない。世の中、バカ騒ぎするにもそれなりの理由が必要ってやつだ。
 まあ、べつに今は特にバカ騒ぎしたい気分ってワケでもなくて、純粋に気になっただけだったりする。
 なにしろこいつは俺の親友でたったひとりの相棒なわけで、本人に俺の特別なんだって恥ずかしげもなく宣言したりもしちまったわけで、それなら誕生日くらい知ってたっておかしくないんじゃないかってふっと思ったからだ。つまり、こいつのことをもっとよく知りたくなっただけっていうオチだ。
 え、いやだって、やっぱ好きなヤツのことはいろいろ知りたくなるだろ? 常識的に考えて。
 こいつとはくだらないことから大切なことまでけっこういろいろ話をしてきたけど、よく考えたらこういうプライベートなことはあんまり話題にしたことがなかった。それよりも、もっといろいろ喋っておきたいことがあったからなのかもしれない。
 冷静に考えれば順番が違うのかもだけど、俺たちの出会いや仲良くなってくまでの過程がそもそも普通からはほど遠かったんだ。今さら、順番とかどうでもいいような気はした。
「誕生日? 俺の?」
 ただあまりにも唐突だったもんで、さすがの相棒も驚いたみたいだ。意図がつかめないとばかりに、目を何度もぱちぱちと瞬かせている。
 理由や意図なんて、俺にもよくわかってないんだから説明できるわけがない。というわけで、そこらへんは一切スルーすることにした。とりあえず、結果さえ得られれば過程はどうでもいい。うん。
「そう」
 こくこくと頷いてみせると、相棒はもういちどぱちりと目を瞬かせた。いつもは切れ長で半目っぽくなっている(そのせいで目つきが悪く見える)のに、今はまん丸いアーモンド型になっているせいでなんだか妙に幼く見える。
 いや、よく考えたら、いつもがやけに大人びて見えるだけなんだけどな。しかも、見えるだけだ。
 中身は俺とさほど変わらない、至って普通の高校生男子だったりする。ほんのちょっとだけ怖いモノ知らずで、ついでに好奇心旺盛なだけだ。
 とにかく、クールな外見なせいで一見そうは見えなくても、じつは前向きが服を着て歩いてるようなこいつの場合、なにかに驚いたとしてもそれがずっと続くわけじゃない。すぐ、現実に戻ってくる。
「七月十日」
 なので、俺が知りたかった情報はすぐに相棒自身の口からもたらされた。
 それは、いいんだけど。
「え、すぎてね!?」
「うん」
 問題は、その日付がはるか前に過ぎ去っていたってことだ。
 今の今まで気にもしてなかったくせに、いざ知ってしまうと今度はどうしても気に掛かってしまう。なんでその日に教えてくんなかったんだって、ついそんなことを思ってしまった。いやいや、べつにこいつは悪くないから。
「なんだよー、もっと早く教えてくれよー」
「陽介だってすぎてるだろ」
「そーだけど! ……って、え、知ってんの?」
「この間、千枝に聞いた」
「え、そーなの?」
 これまた、なんとも予想外の答えだったというか。
 つーか、里中のヤツ、俺の誕生日知ってたのか。それがいちばん驚きだ。
 いやいや、今はそこに驚いている場合じゃなくて。
 というか、そんなのはどうでもよくて。
「つーか、なんで俺に直接聞かないわけ!?」
 俺が文句言ったら、相棒はどーしたもんかなーとでも言いたげな表情で首を傾げた。実際は目に浮かぶ感情みたいなものがちょっと変わっただけなんだけど、たぶん間違ってないと思う。こいつは表情筋がサボりがちなせいであんまり喜怒哀楽その他表情が動かないけど、その分感情が目に表れる。
 最初はなに考えてんのかよくわかんなかったけど、それに気づいたらとってもわかりやすくなった。そもそも、こいつはあんまり自分自身を隠すってことをしないのだ。
 逆に、そこを完全にガードされてしまったら、本気で俺はこいつのことがわかんなくなるのかもなって気もする。いや、そんな事態になったことは今のところないし、今後そうなる予定も今のところないけど。
「いや、たまたまそんな話題になっただけで、最初から聞き出すつもりだったわけじゃないし……?」
 まあ、そりゃそうだろう。言われてみれば納得だ。
 そこで、なぜか理由もわからないのに里中に先を越されたような気になるのがおかしいわけだ。でも、そんな気分になってしまったものはしょうがないので、どうやればそれを払拭できるかと、俺はものすごい勢いで頭を働かせる。たぶん、この調子でテスト勉強すれば絶対いい点とれるんじゃないかって勢いだ。
 でも、これは絶対テスト勉強とかには発揮できないんじゃないかって気がする。なんていうか、俺はどーにもこーにもエサがないとエンジンが本気出してくれないタイプらしい。あんまり嬉しくない。
 とりあえず、今は俺の灰色の脳細胞も本気出してくれたみたいで。
「よし、わかった!」
「? なにが?」
「来年、盛大に祝ってやる!」
 そんな結論を叩き出してくれた。うん、なんだ。なんとなく満足。
「なにを?」
 ただ、相棒にはなにがどうなってそうなったかさっぱりわからなかったみたいで、またしても不思議そうに首を傾げられた。こいつどうしたんだ熱でも出たのかって言いたげな目つきになってるのは、ちょっと見なかったことにしておく。
「お前の誕生日に決まってんだろ!」
 よくよく考えてみれば、半年以上前に過ぎ去ったこいつの誕生日当日は、そういうめでたさとは別の意味で忘れることができない日だった。
 今後どうしたってそれは取り消せないけど、それとこれとは話が別だ。俺にとってこいつが生まれてきた日っていうのは、やっぱり特別なんだと思う。
 この一年でいちばんよかったことは、間違いなくこいつに会えたことだ。
 だから、こいつの誕生日は格別盛大に祝いたい。生まれてきてくれて、ありがとうって。
 ぶっちゃけそんなこといつでも思ってるけど、さすがに口にするのははばかられる。いくらなんでも、恥ずかしい。
 なので、口にはしなくても行動で示してみようっていう意気込みだったわけだが。
「なるほど、つまりそれは挑戦か」
 相棒はなぜかひとつ頷くと、やる気に満ちた顔でそんなことをのたまった。意味がわからない。
「え? ちょ、なんでそーなんの……?」
「陽介が俺の誕生日を盛大に祝うってことは、俺もそれに負けないくらい陽介の誕生日を盛大に祝わないといけないってことだな。よし、その勝負乗った」
「勝負なのかよ!?」
「まだ半年あるよな。どうするかなー」
「もしもし!?」
 あいにく、完全に乗り気になってしまった相棒は、俺のツッコミにまったく反応してくれなかった。どうしよう、眠れる獅子を叩き起こしてしまった気分だ。
 でもまあ、べつにとんでもないことするわけじゃないし、なにするって誕生日祝うだけだし、あんまり気にしなくてもいいのかもしれない。でもこいつに負けたくはないから、俺も今から計画は練っておこう。
 ──なにしろ二ヶ月もしたら、もうこいつはここにいないのだから。


 ──二〇一六年、七月十日。

「センセイー! クマ、来たクマよー!」
「久しぶり、クマ」
「ほんとに久しぶりクマ! ゴールデンウィーク以来クマー! クマさみしかった! あ、これナナチャンからセンセイへのお誕生日プレゼントクマ。預かってきたクマー。ほめて!」
「よしよし、クマはやればできる子だな」
「えへへー」
 そりゃあもう騒々しく玄関の扉を開けて飛び込んで来たクマ(今日は人間バージョン)は、顔中を笑顔にして力いっぱい相棒に抱きついた。
 ガチムチってわけじゃないにしてもちゃんと筋肉がついてる相棒は、その程度の衝撃じゃビクともしない。クマの全力タックルを受け止められるのは本気で感心するけど、もしかしたらあらかじめ覚悟して構えてたのかなって気もする。クマ、こいつに会うとかなりの確率でこんな状態になるしな。
 出会った頃に比べればクマもだいぶ大人っぽくなったとはいえ、やっぱり相棒相手だといろいろ違うんだろう。なんせクマにとっては、初めて会った人間だ。
 ……それはいいとして、このクマはいつまで相棒に抱きついてんだよ?
「さみしかったって、たった二ヶ月だろおい……」
「ヨースケには言われたくないクマね」
 誰にも聞こえないように小声でぼやいたら、なぜかすぐさまクマに反応された。耳ざといな、お前。クマのくせに。
 しかもクマのヤツ、まだ相棒の腰のあたりにしがみついたままだ。いい加減に、そろそろ離れろ。抱っこちゃんかお前は。
 そんな心の声が漏れないように一応注意しながら、じろりとクマをねめつける。でも、当然ながらクマにはまったく効果がなかった。
 くそ、相棒と誕生日がある意味同じだからって、わざわざ呼んでやるんじゃなかった。親心出してやったのは間違いだったか。
「稲羽からセンセイが帰っちゃった後、一年間ずっとセンセイに会えなくてさみしいさみしいうるさかったクマ!」
「ぎゃーっ!?」
 うん、本気で間違いだったみたいだ、コノヤロウ!!
「もがもがもが!?」
 とっさにクマの口を塞ぐと、手足をばたばたとさせてもがきだした。まあ、そのおかげで相棒からは引きはがすことができたのでよしとする。
 それにしてもいきなりなに言い出すんだ、このクマきちは! 前触れなさすぎて心臓止まりそうになったぞどうしてくれる。
 いや、クマが言ったことは、なにひとつ間違ってはいないんだけど。嘘偽りない事実ではあるけど。
 だけど、相棒には必死に秘密にしてたのに!
「あはは。陽介、そんなの前から知ってたから、クマを離してやれって」
「…………」
 なのに、よりによって当の相棒がそんなことを言ってくれた。しかも、そりゃあ朗らかな笑顔で。
 日頃あんまり表情動かないのに、これってどういうことなんだろう。大学入って、こうやってルームシェアするようになってから高校のとき以上に毎日顔付き合わせてるってのに、こんなわかりやすい笑顔めったに見られない気がするんですけど。
 いや、もう。
 これって、どんな反応すれば? みたいな。
「……知ってたの? え、マジで?」
「陽介の様子、みんながしょっちゅうメールや電話で教えてくれたし」
「い……っ!?」
 しかも、さらっと爆弾落としてくれた。
 穴があったら本気で入りたい。でも、その前にメールでこいつにチクったヤツらに全員呪いをかけたい。
 玉子割ろうとしたら全部失敗して黄味が潰れるくらいの、そんな地味ないやがらせの呪いを!
「はっきり書いてあったわけじゃないけど陽介のメールからもにじみ出てたし、電話とかしたらそりゃもうテキメンだったし」
「…………」
 ただ、相棒がたぶん悪気なく続けたそんなセリフを聞いたら、もうあの連中を呪う気力すらどこかに消えてなくなった。
 なに言い出すかわからないクマの口なんてもうどうでもよくなって、自分の頭を抱えたままその場にしゃがみ込む。
 なんだろう、あれって黒歴史って言えばいいのか?
 まだそれはほんの四年前のことで、日頃は忘れてるけど言われればそのときの感情もはっきりと思い出せるだけに、それをひた隠しにしていたはず相手にとっくの昔に知られていたというこの事実は、ものすごくダメージが大きい。
「え、どうした陽介? 四年ぶりに判明した事実に打ちのめされたか?」
「打ちのめされたよ、これ以上なく!!」
 こいつ、絶対わかってる。わかってて言ってる。
 しかも、だ。
「ヨースケは相変わらずガッカリクマねー。五年経ってもかわらないクマ」
「そんなことないぞ。陽介は格好いいんだから」
「それ、絶対センセイの目がおかしいクマ」
「じゃあ、優しいし面倒見もいい」
「それは認めるのもやぶさかじゃないクマ!」
 そのまま放置してたら、いつの間にかなんだか別の意味でいたたまれないことになっていた。
 もうやめて、俺のライフはゼロよ。
「お、やぶさかなんて難しい言葉覚えたな、クマ」
「ナナチャンと一緒にいろいろ勉強したクマよ!」
「なるほど」
「クマいろいろ勉強して、センセイとヨースケの子どもとして恥ずかしくないクマになる!」
「ははは、がんばれ」
「!?」
 でもライフが底をついたからって、いつまでも戦線離脱してはいられなかった。
 主に、俺の精神衛生上。
「いやいやいや、そこはツッコめよ!?」
「あ、陽介復活した。よし、ケーキ食うか」
「ケーキー! 食べるクマー!」
「スルーしないで!」
 戦線復帰したところでSPが回復するわけじゃないんだけど、これ以上減らないよりはマシな気がする。一応。なんとなく。
 てか、なんでこんな大ダメージくらうはめになってるんだろう。相棒とクマの誕生日を祝ってやろうとしただけだったのに。
 ……まあ、いいか。今日の主役は、こいつらなわけだしな。
 しょうがないから、ツッコミどころしかないやりとりにも、とことん付き合ってやろうと思う。