かぼちゃ食う話+全年齢えろとかいう無理難題の消化に挑戦して玉砕した話


「……ふわぁ」
 その日、目が覚めたのは、俺にしてはかなり早い時間だった。なにしろ、まだ朝の五時だ。
 枕が違うから眠りが浅かった、とかいうわけじゃないだろう。その証拠に、頭はすっきりしていた。たぶん目が覚めたいちばんの要因は、ちょっと肌寒かったからだ。湯たんぽのごとく抱き込んでいたはずのぬくもりが寝返りを打ったついでに、腕の中から消えてしまったからに他ならない。
「おーい」
「……うー……」
 寝返りを打ったゆたんぽ、すなわち俺から完全に奪い取った布団を頭からかぶって蓑虫状態になっている相棒に声をかけてみたら、もごもごとくぐもった声が返ってくる。
 起きてるんだか寝てるんだか、ぶっちゃけさっぱりわからない。布団の隅をめくって中を覗いてみたら、なんだか安心しきった寝息が聞こえてきた。思いっきり寝てるわ、こいつ。
 昨夜も夜更かししてたし、それはまあしょうがないと思う。というか、基本的に俺の相棒は夜更かしの常習犯だった。早寝したって話はあんまり聞いたことがない。ただ、寝坊もしてないから不思議だ。
 こいつはいわゆる文武両道ってやつで、テスト前だからって徹夜で一夜漬けとかする必要なんてどこにもない。大体、中間テストはついこの間終わったばっかりだからやっぱりそんな必要なんてどこにもないんだけど、いかんせん好奇心に弱いんでたまにバカとしか言いようのないことでムダに時間を浪費していた。その結果の一部が、あそこにあるスチールラックに整然と並べられてるプラモデル一式だと思う。プラモ好きなのって聞いたら「特別好きなわけじゃないけど、やり出すと燃える」とか首を傾げながら言ってたから、たぶん間違ってない。つまり、凝り性ってことだ。
 ちなみに昨夜の夜更かしの理由は、べつに俺がこいつの部屋に泊まってたこととはあんまり関係ない。つまり、俺のせいってわけじゃない。
 できるなら俺が夜更かしの原因になりたかったって切実に思うけど、いわゆる諸般の事情でそれは先送りにされた。
 というか、こいつの家──すなわち堂島さん家には当然のごとく堂島さんと菜々子ちゃんがいるわけで。いくらここが二階で、一階にあるふたりの部屋とはそれなりに離れているとはいえ、さすがに、な?
 できればそんな良心っていうか理性は吹っ飛ばしてしまいたいとこだが、そういうわけにもいかない。そんなことをしようものなら、後でどんな恐ろしい目に遭うことになるかわかったもんじゃない。
 だから昨夜の俺は、夜更かししたせいで面白いくらいへろへろになってたあいつを抱き枕にして、おとなしく眠りについたわけだ。正確にはあいつも俺を抱き枕にしてたから、お互い様ってやつかもしれない。
 それが、なんで現状、布団全部持ってかれたことになってるのかはよくわかってないんだが。
「おーい、起きろって」
「…………やだ」
 むにゃむにゃとしか聞こえなかったけど、どうやらこいつは寝言でそう言ってたらしい。布団の隙間から入り込んだ早朝の弱い光ですらまぶしいのか、もぞもぞと奥に潜り込もうとしている。
「つまんないから起きろって。昨夜、遅くまでお前に付き合ってやったろ。かぼちゃプリン作り」
「……あうー……」
「つか、プリンだけじゃなかったけどな。クッキーにパンにケーキに、他にもあったっけ……?」
「……けーき……ちがう……パイ……」
「差がわかんねぇよ」
 起き上がって、蓑虫の真横に座ってから両手に力を込めて布団を引っぺがしたら、中から丸まった相棒が転がり出てきた。
 十月の早朝はさすがに掛け布団なしじゃ少し肌寒いのは、俺も身をもって知っている。というか、さっき体験したばっかりだ。
 俺に布団を奪われた相棒が目を瞑ったまま、あったかさを求めて敷き布団の上をごろごろ転がっている。
 そんなヤツの手が行き着いた先は──
「……んー……」
「おい」
「…………」
「おいってば」
 なぜか、すぐ横に座ってた俺の膝だった。しかも手に懐かれただけじゃなくて、気づけば頬ずりまでついてきている。
 嬉しいことこの上ないっちゃないんだが、いかんせん朝なわけで、こう……どうしたもんか、これ。
 それじゃなくても昨夜せっかくのチャンスをふいにしたっていうか我慢したせいで、いろいろ自制心に自信がない状態だ。いや、もうこれはもしかして、我慢する必要ないって天の啓示なんだろうか。
「……いや、ちょっと待て」
 寝起きで特に理性がどこかにお出かけ中なせいか、自分に優しい方へと流れがちな思考になんとかストップをかける。
 いざ声に出してみたら、少しは落ち着けたようだ。ちょっとは冷静になったところで、今まで気を抜くとあらぬところに伸びそうだった右手をとりあえず相棒の頭の上に置いてみる。
 さらさらした砂色の髪をおそるおそる撫でたら、いいからもっと撫でろと言わんばかりに擦り寄られた。
 どうしよう、かわいい。どう見ても寝てるけど。
「なあ、起きろって」
「……おきてる……」
「どう考えても寝てっだろ」
 寝ぼけてるヤツの常套句に恒例のツッコミをいれながら、頭を撫でていた右手をずらして、髪に隠れている耳朶をくすぐってみた。
 とはいっても、指で軽くなぞってみただけだ。いわゆる、ちょっとしたイタズラってやつ。なにしろ、こいつは完全に俺の膝を枕にして寝てるわけだし。
「…………ん」
「ちょ」
 そしたら、なんか突然ため息みたいな吐息を漏らされて、イタズラした俺のほうが心底びっくりするハメになった。
「……えっと?」
 まず脳裏をよぎったのは、こいつ耳弱かったっけ、というぶっちゃけものすごく即物的なことだ。ガッカリだってことは、俺がいちばんよくわかってる。それでも、やっぱりそうとしか思えなかった。
「…………」
 相棒は、頭の右側を下にして俺の膝に懐いている。つまり、俺が視線を下へと向ければ、こいつの左耳がすぐ視界に入る。
 右利きの人間は基本的に左側が弱いとか、そういやそんなことを聞いた記憶があるような、ないような。
 ……そんな弱点を無防備にさらされたらつい手を出したくなるのは、俺だけじゃないと思うんだ。
「あいぼー……?」
 たぶんまだ半分以上夢の中にいる相棒に呼びかけながら、耳朶に触れていた右手を首へと滑らせる。
「ぅ……ん」
 くすぐったかったのか、今度は笑みを堪えたような声が上がった。不発だったのかもしれない。
 だとすれば、こっちはどうなのか。首筋、いわゆる急所のあたりを指の腹で優しくなぞりながら、そろそろと空いていた手を動かした。しっかりと俺の膝を抱き込んでいる相棒の手を拾い上げ、指に指を絡める。
 それから、もう一度耳朶をくすぐってみた。
「……わ」
 左手ですくい取った指に力が入って、きゅっと俺の手にすがってきたのがわかってしまう。どうしよう、めちゃめちゃ嬉しい。
 指を絡めたまま、そっと繋がっている手を持ち上げてみた。手が離れていく素振りは、ない。
 そのことに気をよくして、俺の左手に絡められた指に口づける。上下の唇で指をくわえ込み、爪の生え際に舌を這わせ、先端に軽く歯を立てた。
「……っ、は……え……よう、すけ……?」
 ボケてるのに、どこか艶を含んだ呟きが聞こえる。枕にされてる膝に落ちた吐息に、甘さがにじんだのもわかった。
 ふるり、と伏せられたままのまつげが震える。髪と同じく薄い色をしたそれは結局それ以上の動きを見せることもなく、何度間近で見てもつい魅入られてしまう砂色の瞳が姿を見せることはなかったわけだが。
「どした……ようすけ?」
 ただ、目を閉じたままなのにここにいるのが俺だってわかってくれたのが、それに疑問すら抱いていないという事実に、幸せを感じる。
 そして──同じくらい、煽られる。
 いくら寝ぼけてたとしても、さすがに自分が誰と一緒に寝たかくらいは覚えてるんだろうけど、それでもなおってやつだ。
 右手で、相棒の砂色の前髪をかき上げる。日頃は隠されている額が見えていると、妙に興奮してしまうのはどうしてだろう。
「好きだ」
 相棒の指を口に含んだまま身をかがめて、上向けられた耳元に向かってため息を落とすように囁いたら、膝の上に残ったままになっていたほうの手もぴくりと動いた。
「つ……っ!?」
 直後、膝というか足鈍い痛みが走る。理由は、すぐにわかった。相棒が、思いっきり俺の足をわしづかみにしたからだ。
 力を込められた指が足の筋肉に食い込んできて、めちゃくちゃ痛い。本気で涙が出そうになる。
 テレビの中で、そうは見えないもののじつはびっくりするほど重い両手剣を軽々と振り回すには、かなりの力がなければ無理なことはわかっている。ムダな筋肉がついていないせいでそう見えにくいだけで、こいつの握力も腕力もかなりのものだ。
 でも、なにもこんな状況で、しかも我が身でそれを実感したくはなかった。俺、今そんなひどいこと言った覚え、ないんですけど。
「ちょ……」
 ──なんだけど、それに文句は言えなかった。というか、言うヒマがなかった。俺がどんなイタズラをしようと寝ぼけたままであくまでも寝続けようとしていた相棒が、ぱちりと目を開けたからだ。
 泣きたくなるような痛みからも、すぐ解放された。俺のなにかが気に障って、すぐ目の前にあった足に報復をしてきた、というわけでもないようだ。
 それは、至近距離で俺を見上げてくる相棒の目を見れば、さすがにわかる。日頃はあまり使われない左耳に直接、吐息とともに吹き込んだ一言は、思った以上の効果をもたらしたのかもしれない。さっきのは、たぶん絡めた指にすがってきてくれたのと同じ傾向の反応だったんだろう。ちょっと、強烈だったけど。
 まだなにもしていないに等しいのに、俺を見上げてくる砂色の目が潤んでいる。目元も、わずかに赤い。もしかしたら俺の単なる願望かもしれないと一瞬思ったけど、そんな懸念もすぐに払拭された。
 片手は俺に預けたまま、さっきまで無造作に足をわしづかみにしていたほうの手が、ためらうことなくこちらに向かって伸びてくる。その腕が、問答無用で俺の頭を抱え込んだ。
 もともと近かった顔の距離が、より一層近づく。かなり力尽くで顔の向きを変えられて、やっと相棒がやろうとしていることに気づいた。
 いや、正確にはちょっとだけ、気づくのが遅すぎたかもしれない。せっかく取れかけていた主導権が、そのせいで一気に持っていかれる。
 でも、やっぱりそれに気づいたのは、寝起きのせいでいつもより熱をはらんだ唇に、思いっきり食いつかれてからだった。
「ん……ッ!?」
 歯を立てられたわけじゃないから、痛くはない。でもさすがに予想外の展開で、悔しいことにすぐには反応できなかった。
 もちろん、相棒はその隙を見逃してくれるような性格はしていない。口内を隅々まで、それこそ水分ごとすべて貪られる。
 あふれた唾液が、相棒の口の端からこぼれて落ちた。その様に、また煽られる。
 とっさの事態に反応できなくて、途中から意識を向ける余裕すらなく放り出して右手で相棒の背を強く引き寄せたら、嬉しそうに──それでいて勝ち誇ったように、笑われた。
「俺も」
 触れ合った唇から、直接伝えられる。
 その言葉は熱を帯びた甘い吐息と混じりあって、そのまま触れ合った肌から身体の中へと溶けていくような気がした。