チャットお題SSログ


◆バッドエンド後の2周目番長と花村の出会い


人の強い想いが奇跡を起こすというのは、本当なのだろう。雨のふりしきる降る中、透明なビニール傘の向こうに広がる景色をぼんやりと眺めながら、そんなことを思う。

すべて、記憶にあるままだ。──あるまま、だった。
1年前と、まるで同じ道を辿っている。電車の中で目が覚めて、八十稲羽の駅に着いて、叔父さんと菜々子が迎えにきて、そしてガソリンスタンドでバイトの店員と握手をした。

そして今日、八十神高校での転校初日を迎える。途中までは、菜々子と一緒に来た。それも、すべて同じ。

これからなにが起こるのか、俺はすべて知っていた。記憶に、残っていた。

なぜ、時が戻ったのか。どうして、同じことを繰り返しているのか。理由は、わからない。

途中までは正しい道を歩んでいたはずなのに、最後に取り返しのつかない間違いを犯して、結局この町は霧に包まれたままだった。なによりも大切だったものが、次から次へと手からこぼれ落ちていく、最後までそんな感覚を味わった。霧の町を後にした俺には、もうなにも残っていなかったのかもしれない。

後悔ばかりが募っていた。
もし、過去をやり直せるなら。そんなことをちらりとでも考えなかったかと言われれば、否定できない。
無意識だったにしろ意識的にしろ、そう願ったからこそこんなことになっているのだろう。あのベルベットルームの住人たちであれば、なにを引き起こしてもおかしくはない。

「うわあっ!?」
「…………っ」

がしゃん、と自転車が電柱にぶつかる激しい音がする。
見なくても、なにが起こったのかわかった。

もし、ここで電柱に激突して悶絶している花村に声をかけたとしたら、一体どうなるのだろう?

1年前は、そっとしておいた。花村と俺がちゃんとした会話を交わしたのは、本来であれば明日だ。
もし、それをここで変えてしまったとしたら。
この先、未来は変わるのだろうか。それとも、変わらないのだろうか。
同じように、流れていくのだろうか。

──なんでもいいから少しでも変えていくことで、あのどうしようもない未来を変えることができるのだろうか。
つい、そんなことを思ってしまうくらいに、あの時間は大切だった。本当は、なくしたくなかった。

どこで間違えたのかは、身に染みている。理解している。
だからこそ、もう絶対に間違えない。

そう決意して、校門をくぐる。花村のうめき声が、少しずつ遠ざかっていった。
無理に変える必要はない。最悪の結果を回避するために何が必要かは、もうわかっていた。
激情に流されるようなことは、もうしない。その先に、途方もない後悔が待ち受けていることを知っているから。

明日、正しい時間の流れの先で、俺と花村はもう一度出会うだろう。そして、また親友、相棒と言い合えるような仲になるのだろう。
ただ、今度はそれだけで終わらない。終わらせない。

今度こそ、二度と会えなくなるような結末を迎えないために。



◆数年後に皆の所にかえってきた鳴上君と濃厚な交際を再開しようと意気込むガッカリ王子


「悠!」
「なんだ、どうした?」

正座して、しかも真剣な表情を作って真っ正面からじっとその顔を見つめてみたら、俺につられたのか一緒に正座していた悠が、ぱちりと砂色の瞳を瞬かせた。それはもう、不思議そうに。

俺、花村陽介22歳、社会人1年生(なりたて)には、じつはひとつの野望がある。

けっこう前から考えるだけは考えていたんだけど、現実の壁っていうか主に距離の壁がそれを許してくれなかった。というか、距離の壁が分厚すぎて限界突破して、その野望を持つに至ったっていうのが正確なところだ。

大体、十代後半〜二十代前半の男に遠距離恋愛しろなんて無茶言うな。いわゆる恋愛方面でのそんなこらえ性、その年頃の男にあってたまるか。

とはいえ、他にテがなかったんだからしょうがない。5年もの間、じつにおとなしく遠距離恋愛をこなした俺は今、やっとふたたび巡ってきた人生の春を謳歌すべく、昨日稲羽に帰ってきたばっかりの悠の部屋、というか堂島家の2階を訪れた。一応、事前に連絡済みだ。

ちなみに、都会の大学を卒業した悠は教員免許を取得して、この春から八十神高校の教員として赴任してきている。
悠がこっちに帰ってきたいちばんの理由は菜々子ちゃんと堂島さんだってわかってはいるけど、その理由の中に少しくらいは俺のことも混ざっていると思う。思いたい。

と、いうわけで。
やっと電話一本ですぐかけつけられる距離でまっとうな恋愛ができる状態になった今、ひとつ奮起してみたわけだ。

「俺と、結婚を前提としておつきあいしてください!」
「いいけど」

うん、まあ、アホかって言われて速攻却下されるのはわかっていた。そもそも男同士じゃ結婚できないしな。
ただ、俺が言いたかったのは、それくらいの心意気で深いおつきあいをという……って、ん? あれ?
あれれ?

悠は首を傾げたまま、やっぱり不思議そうに俺を見ている。でも、聞き間違いじゃなければ、「いいけど」ってあっさり口にしていた……ような?

「……って、もしもし? 意味わかってる?」
「国語は得意だ」

しかも胸を張られた。どういうことだ。かわいいからやめてくれ。

「え、いや、それは知ってるけどさ。……あの、マジで?」
「冗談だったのか?」
「えっ。いやその、マジだけど」
「ただ、日本じゃ無理だな。カナダまで行けば外国人でも婚姻証明書発行してくれるらしいぞ」
「なんでそんなこと知ってんの……?」
「調べたから」
「……なんで?」
「だって、陽介も俺も男だろ?」

今度はドヤ顔をされた。どうだ! とでも言いたげだ。
ほめてくれと言われているような気がして、つい頭を撫でた。
嬉しそうに相好を崩されて、瀕死になった。

俺の恋人は、いろんな意味で規格外だ。
……が、とりあえずプロポーズは受け入れてもらえたようなので、よしとすることにしよう。



◆鏡の前で+玩具+視姦+媚薬入りローション


「…………」
「あー……その」

ついさっき運び込んだばかりの真新しい鏡の前で、俺は小さくなっていた。

ちらりと視線を流せば、そこには正座して小さくなってる俺自身がいる。なんつーの、こんなの見たくない。
大体、なんで、よりによって鏡の前なんだ。いくらなんでも俺の運、低すぎだろう。
心の底から強くそう思うものの、起こってしまったことは今さら撤回とか回収とかできないんであった。とほほ。

大体、鏡がここにあるのはある意味しょうがない。
この思ったより大きかった鏡にぶちあたったせいで、今俺はこうやって正座する羽目に陥っている。

「今日は、引っ越しだよな?」
「ハイ、ソウデスネ」
「俺もお前も無事大学に受かったし、入学も決まったし、やっと一緒に暮らせるって、この部屋も一緒に選んだんだよな?」
「もちろんです。俺、すっげー嬉しかったし」
「それは俺も同意だ。同意だがな」

見下ろしてくる、親友にして相棒にして恋人のあまりにも冷たい視線にさらされて、ぞくりとしたのは気のせいじゃない。それも、恐怖じゃない方向で。
マゾいって言うな。自分でもわかってる。
でも、こいつがこんな容赦ない視線を向ける相手なんて、俺だけなんだ。ぞくぞくしたってしょうがないだろ。もちろん、そういう意味で。

「それは一体、なんだ」
「えーと……お前と一緒に暮らせると思って、つい通販でポチった……いろいろ?」

いわゆるオトナのオモチャってやつ各種だ。今、ホントいろいろ売ってんのな。媚薬入りローションってなんだこれって感じだ。見つけると同時に速効カートに入れたけど。
いや、、ほら、男同士だとローションは必要不可欠なんだよ。わかるだろ。

じつはそれを買ったのはまだ稲羽にいるときで、梱包を解かないまま俺とこいつがこれから暮らす新居にこっそり持ち込んだわけだが、そこが俺の突き抜けた運の低さ。

たまたま、こいつが鏡の向かい側にある戸棚を整理しているときにその後ろを箱を抱えたまま通ろうとして、鏡にひっかけて、中身をぶちまけた……と、そういうことだ。

なんで、よりによってこいつがいる前でぶちまけるんだ、俺。

「とりあえず、それは捨てろ。箱ごと捨てろ」
「えーっ、マジで!?」
「そういうブツを使いたいなら、そういう店に行け! プロにやってもらえ!」
「バカ言ってんじゃねえ! 俺はっ、お前に使いた……げふうっ!」

顔面を足裏で思いっきり蹴り飛ばされて、そのままもののみごとに後ろへとふっとんだ。壁に激突した後頭部と背中が死ぬほど痛い。高校時代に里中との特訓で鍛えられたこいつの脚力は、けっこうとんもでなかった。
しかも、なんか嫌な感じの音がしたんだが、ちょ、壁に穴あいてないだろうな?

「黙れ変態」

突き刺さる視線は、相変わらずの絶対零度だ。
なのに、やっぱりそんな視線にすら興奮してる俺がいて、これはもう本気で不治の病だなって開き直るしかないのかもしれない。


ちなみに、絶対に許可なしでは使わないことを条件に、押し入れの奥にしまい込むことは結局許してくれた。
なんだかんだ言って、こいつは俺に甘いと思う。

とりあえず、3年くらいかけて説得してみることを決意した。