斜め45度でクロスする

2


それは、忘れもしない3日前のことだ。俺は運悪く、同学年の女子につかまっていた。

「ねえ、彼女っていないのかな? 好きな人とか……」
「俺に聞かれても知らねーっつの……本人に直接聞けよ」

話題は、俺の相棒の恋愛事情だ。そんなもん、知るか。
相棒は無自覚かつ無意識にあっちこっちで女子たちのフラグを立てているので、たまにその余波がこっちにまで回ってくる。探りを入れるには、ちょうどいいとこなんだろう。

まったくもって、嬉しくないが。
どっちかっていうと、その話題そのものに触れてほしくないが。

「えー。花村、仲いいじゃん。知ってるかと思ったのにー」
「そーゆー話はあんまりしないの!」
「えー」

それは、相棒が女子にモテてうらやましいって方面じゃない。最初はそうかと思ってたけど、じつは違ってたってことについ最近気づいた。

「もー、花村ってば役に立たないなー」
「はいはい、悪うございましたね」

不満そうに去って行く女子を、ひらひらと手を振りつつ笑いながら見送る。その背中が完全に見えなくなったところで、はりつけていた笑みを消してため息をついた。

「はぁ……そんなん、俺が知りたいっつの」

そもそも、そんなことを知りたかった本心に気づいたのが、本当に最近だ。ただ、自覚したのが最近なだけで、その気持ちはずっと前から俺の中にあったような気がする。

背中を預けてもいいと思えるようなヤツなんて、あいつに会うまでひとりもいなかった。
愛想よくして他人に合わせるのは得意だけど、だからって誰にでも心を開いてるわけじゃない。そんなのは俺自身がいちばんよく知っていたし、テレビの中で遭遇した俺自身の影に指摘されるまでもなかった。

そういう意味で、俺の弱いところもダメなところも全部ひっくるめて受け入れてくれて、しかも立ち直るまでずっと側で見守っていてくれたあいつは、俺にとって初めての心を全部見せてもいいと思えた相手だ。
そして、それを実践した俺に、あいつも背中を預けてくれた。それだけじゃなくて、他の連中には見せないような部分も少しずつ見せてくれるようになった。言うこと聞いて当然、みたいな態度を見せるのは俺に対してだけだし、ビジュアルからは想像もつかないようなわがままを言い出すこともある。

それに気づいたときは、全身に震えがくるくらい嬉しかった。誰にでも好かれる穏やかで懐の大きいこいつの、そんな子どもっぽい部分を知ってるのは、どう考えても俺だけだ。それを、わざわざ俺を選んで見せてくれた。もしかしたら無意識なのかもしれないけど、無意識で見せてもいいって思ってくれたんだとすればもっと嬉しい。
俺自身が自分のことを隠すタイプだったから、そうやって垣間見せられた他人が知らないこいつの部分が、どうしようもなく貴重なものに見えたのは当然だ。こいつが預けてくれた信頼は、俺の中でなによりも大切なものになった。

それが、いつの間に子どもっぽいじゃすまされないような独占欲を伴う感情に育っていたのか、俺にもよくわからない。

ただ、自覚できなかったその感情は無意識下でどんどん肥大していって、11月と12月を乗り越えてすべてが解決した後、今さらのように存在を主張し始めた。
しかも、最終的に自覚したのは、初詣のときだ。あいつと里中が並んで歩いているのを眺めながら、なんとも言いようのない焦燥感と戦うハメになったときに、俺はもうその感情に抵抗するのをあきらめた。

あいつの隣を歩いていたのが天城やりせだっていうなら、まだ言い訳もできる。かわいい女の子と並んで歩いてても違和感ないどころか、しっくりきててまるでホントの恋人同士みたいでうらやましいとか、そんな高校生男子にありがちなヤキモチ妬いてんだろ俺、バッカじゃねえのとかごまかすことができた。嫉妬の対象が涼しい顔で女子の相手してるあいつじゃなくて、当然のような顔であいつの隣の座を占めている女の子たちに向いているなんて、気づかなくてすんだのに。

あいつの隣を歩いてたのが里中でも、同じ気持ちになっちまったんなら仕方がない。自覚してしまえばもうあとは芋づる式で、あいつの隣にいるのが完二だろうが一条だろうが誰だろうが、おかまいないしにその嫌な焦燥感は浮上してきた。男相手に嫉妬とかアホかって自分で自分にツッコミながら、その男相手にこうまで恋焦がれてる誰だって別のツッコミも入れている。

そう、気づいたら恋してた。親友で相棒だって信じていた相手に、だ。しかも、自覚すると同時に失恋確定っていうヘビーさだ。どういうことだ、これ。

相棒は、俺が小西先輩のことを好きで、結局告白してきちんとフラれることすらできなかったことをよく知っている。そのせいか、恋愛方面のことはなにひとつ口にしようとしなかった。隠し事なんてほとんどないような関係だったけど、その話題だけはあえて避けていてくれたんだと思う。
他でもない、俺のために。

ただ、そのあおりをくって、俺は相棒の恋愛事情なんて本人からはなにひとつ聞いたことがない。あっちこっちでフラグを立てては、意識しないままばっきばきに折っているという噂は何度も聞いた。でも、噂だ。

八十稲羽には1年間しかいないことを気にして、わざと恋人は作っていないのかもしれない。なんだかんだいって、そういう気遣いをするヤツだ。
でも、好きな人はいてもおかしくなかった。あいつだって、年頃の健康的な男だ。

「くっそ、確かめても確かめなくても地獄っつー……」

もし、相棒に好きな相手がいたとしたら、俺のどうしようもない片思いは成就するわけもなく木っ端みじんだ。というか、そもそも最初から望みなんて欠片もない。完二がそっち方面でもべつに気にしないと堂々と言っていた相棒だが、そのターゲットが自分だとなればまた事情も変わってくるだろう。大体、男は自分が男から恋愛対象として見られるなんて思ったりしない。
だから、わざわざあいつに好きな人がいるかどうかなんて、確かるまでもなく俺の失恋は最初から決定事項だ。理性はそう言ってるのに、しばしばあきらめの悪い感情が口を挟む。誰か心に決めた相手がいるならともかく、そうじゃないなら希望はゼロじゃないって。

「ゼロに決まってんだろーが」

相棒が俺に甘いから、変な期待するんだろうか。いや、甘いっちゃ甘いけど、基本的には容赦ない。なんかやらかそうものなら、問答無用で鉄拳が飛んでくる。
ただ、そんな風に問答無用でぶん殴るような態度を、あいつは俺以外にとらない。そこでまた変な期待を抱いて、堂々巡りに陥るわけだ。

「あー、もー!」
「廊下の真ん中でなに暴れてるんだ」
「い」

自分で自分が嫌になって、衝動的に頭を抱えながら叫んでみたら、背後から呆れを隠そうともしない声が聞こえてきた。
おそるおそる振り返ってみれば──そこには予想通り、今まで俺がずっと頭の中でぐるぐる考えるハメに陥っていた張本人がいる。ほんの少しだけ首を傾げてこっちを見てる姿は、困ったことに俺の目には正視できないくらい魅力的に映った。
本格的に、末期だ。どうしよう。

「陽介?」
「あー……や、その、さ。また、聞かれたんだよ」
「なにを?」
「お前に今つきあってる彼女いないのかって、毎度おなじみお前狙いの女の子から」

とりあえず、本当でもないけど嘘でもないことで、その場をごまかすことにした。
こいつがいつまで経っても恋愛系の話を振ってこないのは、俺がそのテの話をもちかけないからってのもあるんだろう。そう考えて、とりあえずそっち方面から切り崩してみることにする。

結局、なんだかんだ言っても気になって仕方がないんだ。
でも、しょうがないだろ。好きなヤツに好きな人がいるかどうかとか、知りたくないヤツなんかいるもんか。そりゃ、知るの怖いけど!

──なんだが、相棒の反応はこの上なく鈍かった。

「毎度おなじみ……?」
「おなじみなんだよ。もう、聞かれたの何度目だっつーの……」
「そんなに何回も聞かれてたのか」
「もうすぐバレンタインあるし、だからじゃねーの? 女子にとっちゃ、チャンスだろ」

ものすごく適当に言ってから、その可能性にやっと気づいた。そうか、そのせいか。今さら気づく自分がつくづくアホだと思う。

幸い、こいつはその適当さにも、俺のマヌケさにも気づかないでいてくれたようだ。色素の薄い瞳を瞬かせて、不思議そうにしていた。
やっぱり、天然のフラグクラッシャーはすごかった。俺ごときじゃ、とてもじゃないが太刀打ち出来そうもない。

「そういうもんなのか」
「や、俺に聞かれても。……てか、どーなんだよ? お前、今までせっかく立ったフラグ全壊させてんだろ。本命チョコとかもらっちゃったら、フラグ成立させちゃうの?」

そのせいかも知れない。気が緩んで、つい口が滑った。
聞きたい思いつつ、気になりつつ、それでも確かめたくないとも思っていたことだ。
さっきまで、それについて往生際悪く考えていたせいかもしれない。特に意識することなく、するっとそのセリフは口から飛び出していた。

自分が口にした言葉に驚いて、瞬間的に頭が真っ白になる。本気で俺、なにを言ってんだ。
だけど、衝撃はそれだけじゃ終わらなかった。
むしろ、その後のほうが強烈だったかもしれない。

「いや、それはないんじゃないか。俺、好きな人いるし」
「……え」

そうなんだ、と続けかけて、声がまともに出ないことに気づく。口の中が、カラカラだ。

知りたかったことを、ものの弾みで知ってしまった。しかも案の定、転がり出てきた結果は知りたくなかった方面だった。

ああ、うん、わかってた。どうせそれを知ったって、今さらあきらめるなんてことできるはずはない。それができるくらいなら、そもそも最初から好きになったりしなかった。

つまり、結局はこの気持ちを抱えたままでいるしかない。
親友として、相棒として、誰よりもこいつの側にいることはできる。それは、許されている。
そこにすがるしかな、ない。
……最初から、その道しかなかったってのはともかく。

「な……んだよ。そーゆーことは早く言えよな! 応援してやるってのに!」
「いや、それはべつに。そもそも、可能性ないしな」
「ばっか、なに寝言言ってんだっつの。お前が告ってうまくいかないとか、ありえないって」
「世の中、そう簡単でもないぞ」
「そりゃそーだけどさ。つーか、ならお前、本命チョコとかもらったらどーすんだよ」
「断るよ。当たり前だろ」
「うわ、もったいなっ」

なんてことない風を装って、普通に話は続けた。でも、あいつがなにを言っているのかだけじゃなくて、自分がなにを言っているのかすらよくわかっていなかった。

「じゃあ、俺がかわりに義理チョコやろうか」
「遠慮する。陽介に義理チョコもらってもな」
「ははっ、そりゃそうだ」

笑いながら、相棒の肩を叩く。相棒なんだし、義理チョコくらいもらってくれたっていいじゃんって気持ちは、無理矢理抑え込んだ。
そもそも、日本におけるバレンタインは女の子が男に気持ちを伝えるものであって、そこに混ざるもんじゃない。今は逆チョコとかそんなのもあるけど、俺の気持ちはたぶんそんな枠組みにはおさまらない。それに気づかれてるわけじゃないとはいえ、そう思ってしまえば妙に納得がいった。

──まあ、そんなわけで。
その翌日から、俺のテンションは地の底を張ってるわけだ。

べつに面と向かって告白してフラれたわけじゃないんだが、ダメージはもしかしたらそれ以上だったかもしれない。
というか、一体誰なんだ。
あいつに好かれてるとかいう、うらやましいヤツは。



「あー……のですね」
「いーち、にー」
「だから、無茶言うなっつーのおおおお!!」

そんな顛末を素直に全部白状するとか、どう考えても無理だ。シャドウが出てきたって無理だ。言えるわけがない。
つーか、シャドウのほうから情けなさすぎるからやめろって言ってくるような気さえする。あいつ、さすが俺だけあってプライド高そうだった。
……って、それはどうでもいい。

「さーん。さあ、吐け」
「や、お前さ、人の話聞いてないね?」
「聞いてるぞ。お前こそ俺の話を聞いてたか、陽介?」
「え、ちょ?」

ずい、と詰め寄られて息を呑んだ。
だから、いくらドアップに耐える顔とはいえ、この顔をあまり至近距離で見てるといろいろまずい。高校生男子の理性なんて、吹けば飛ぶようなもろいモノなんだ。

ただ、動揺しすぎて無言になった俺の抗議は、まったくこいつには通じなかった。それどころか、業を煮やした相棒に制服の胸元をつかまれて、引っ張り上げられる。

「うわっ!?」
「お前が悩んでること、ひとりで抱え込んでること、他の誰かにぶちまけろ言わない」

上半身が引きずり上げられたせいで、あぐらをかいていたはずなのに自然と膝立ちになった。そして、結果的にますます顔が近くなる。
相棒の顔に浮かんでいる表情は、この上なく真剣だ。迫力満点の半眼でじっと見つめられて、いろんな意味で思考が固まった。

「だけどな、さっきも言ったはずだ。抑えて抱え込んで、それで苦しくなるなら、俺にまで黙ってることは許さない」
「…………」
「それが、俺に関することならなおさらだ」
「え」

──しかも、そんなトドメみたいなことを言われたら、どうすればいいのか。
こいつが関係してるのは、間違いなく事実だ。でも、どっちかっていうと俺が勝手にドツボにはまってるだけで、こいつはなにも悪くない。

だけど、たぶんこいつのことだから、自分になにか責任があるって思ってる。やっとわかった。さっきからいつも以上に目つきが鋭いことになってるのは、だからか。

その誤解は、なにがなんでも解かなきゃならない。
──こいつとの関係がすべて壊れてしまうのかと思うと息をするのも忘れそうなほど恐ろしくなるし、そうなってしまったことを想像するだけで顔から血の気が引いていく気がする。
でも、こいつに見当違いの誤解をさせたまま、背負う必要なんかどこにもない罪悪感を抱かせ続けるのも嫌だ。

となると、どうしたって腹をくくるしかない。
続いて、こいつの菩薩級を越えたオカン級の寛容さに賭けるしかない。

……まったく、分の悪い戦いだ。

「……あのさ。引くのはかまわないんだけど、存在無視だけはしないでくれるか?」
「なんだそれ? するわけないだろ」
「親友で相棒のままでいてくれると、もっと嬉しいんだけど」
「おい?」

相棒の眉が寄る。なにを言われているのかわからない、でも不穏な空気は感じ取った、そんな雰囲気だ。
よけい、自分の絞めてる気はした。でも、言わずにはいられなかった。それくらい、俺にとっては切実なことだったからだ。

胸ぐらをつかまれたまま、相棒の顔を見上げる。俺を見下ろしてくる目にはどうしても視線を合わせることができなくて、結局は口元で止まった。

……さて、なんて言えばいちばん傷が浅くてすむんだろう。
気が重いどころじゃなかったけど、無言でじっと見つめてくる相棒の視線の強さに負けて、のろのろと口を開く。

「……ここ数日、俺がとんでもなく落ち込んでた理由は」
「うん」
「その……なんていうか」
「うん」
「お前にフラれたからです……」
「…………は?」

──そして、清水の舞台から飛び降りる勢いで白状してみれば、返ってきたのはものすごく気の抜けた返事だった。
おそるおそる視線を合わせてみると、相棒は本気で首を傾げている。さっきまで半眼だった目が、猫みたいにまん丸くなっていた。
どうしよう。かわいい。それどころじゃないけど。

「俺、陽介のことフった覚えないぞ?」
「だって、好きなヤツいるって言ったじゃん!」
「言ったけど、なんでそれでフったことになる? というか、そもそも告白された覚えがないけど」
「お前に好きなヤツいたら、俺もののみごとに片思い確定じゃん! 失恋確定なのに告白するほど、俺には度胸なんてないの! それに、義理チョコやろうかって言ったらいらないって言うし!」

そして、予想外の反応にまたしても口がすべった。バカか俺、こんなこと言ってどうする。
だが、俺がうっかり口をすべらせたことは、これまた予想外の影響を与えたみたいだ。

もちろん、俺の胸ぐらを両手でつかみ上げたままの相棒に。

「……陽介」
「な、なんでしょう」

気のせいじゃなく、相棒の声のトーンが数段下がった。まん丸くなっていた目も、いつの間にか半眼に戻っている。いや、さっきよりもっと殺気立った、それこそシャドウを相手にするときのような目つきだ。

ぞぞぞっと、背筋に寒気が走る、意識しないうちに、口調までご機嫌を伺うような感じになった。

やばい、これはやばい。どう考えても、怒っている。
──でも、なにに怒っている?

「そういうことは」

次の瞬間、なぜかぐりんと視界が回転した。

「う、わあっ!?」

さっきまで頭上には青い空が広がっていたのに、なぜか今は屋上のコンクリート打ちっ放しの床がある。いや、ちょっと待て。これって、つまり。

「い……っ、てええええ!!」

現状を把握したときには、もう遅い。受け身を取る余裕すらないままに、鈍い音を立てて全身がコンクリートに叩きつけられていた。
手加減なしで投げつけられた背中が、きしんだ音を立てる。マジ痛い。ガチで痛い。

「ちょ、なにすんだ……!?」

床に転がったまま、なぜか問答無用で俺を背負い投げた相棒に向かって抗議する。痛すぎるだろ。さっき、本気で目の前に星が飛んだぞ。

だけど、俺を見下ろす相棒は眉間にしわを寄せたままだ。半眼でにらみつけられて、その鋭さに一瞬とはいえ痛みが飛ぶ。

そして、そんな凶悪な目つきのまま告げられた言葉は。

「もっと、わかりやすく言え」

──だから、意味がわかりません……!



「なんで、その展開で俺がぶん投げられなきゃならないんだよ!?」
「あ、つい。ムカついて」
「つい、じゃねえええええ!!!!」

しばらく殺気立っていた相棒だったが、俺を問答無用で背負い投げて少しは気が晴れたのか、数秒後には比較的普通の状態に戻っていた。

とりあえず、戦闘時のような殺気はもう発していない。そのことに、ほんの少しだけホッと息を吐く。

「あと、投げて頭打ったら、ややこしいことになってる言語中枢が簡略化されるんじゃないかと思った」
「ならねーよ!」

だけど、言ってることはやっぱり支離滅裂というか、はちゃめちゃだった。その説明で納得するやつがこの世にいるとしたら、俺は一度でいいからそいつに会ってみたい。絶対、存在しないと思うけど。

まあ、そんな主張が、こいつに通じるわけもなく。
固いコンクリートに情け容赦なく叩きつけられて起き上がれない俺のすぐ横であぐらをかいた相棒は、「しょうがないなこいつ」とでも言いたげな顔で俺の顔を見下ろしている。
なんというか、これはもしかして、哀れまれているんだろうか。それとも、同情されてる?

というか、俺をこんな起き上がれもしない状況に叩き込んだのはお前だぞ、相棒。

「というかだな、もっとわかりやすく言え。俺に、そんなまわりくどい言い方が通用するわけないだろ? お前、それくらい知ってるだろうが。俺がどれだけ、無自覚のうちにフラグぶち壊してきたか」
「や、知ってるけど」

しかも、話が妙なほうにずれてきた。

「大体、義理チョコとか言うからいけないんだ。そんなところで遠慮するな、堂々といけ、堂々と。なんで本命寄越さないんだ。そうすれば、いちいち回り道する必要もなかったのに」

ん? なんか、今、幻聴を聞いたような。
……気のせいか?

ああ、さっき、こいつに背負い投げくらったせいで、思いっきり背中打ったしな。頭じゃないけど、ちょっとくらいどっかがおかしくなってても不思議じゃない。

だから、そんな現実感をどこかに置いてきた気分のまま、口を開いた。

「じゃ、なに? 本命チョコだったらもらってくれたってこと?」
「当たり前だ」
「ちょ」

おかしい。どうやら、幻聴ではなかったようだ。
……だとすると、つまり?

「ええっ!?」

目を丸くして、何度か瞬きして、やっと言葉の意味を理解して飛び起きようとしたら、がしりと顔面を手のひらで覆われた。意味がわからない。
というか、起き上がれない。

「って、これなに!? 外して! 頼むから外して!」
「いや……よく考えたら、恥ずかしいこと言ったなって思って」
「じゃなくて! あの、もしかして、お前が好きな相手って」
「うん」
「……俺?」
「今頃気づいたのか?」

だから、なんでこうういうやりとりを、顔面を手のひらで押さえつけられたままやらなきゃいけないんだ!?

「まあ、お互い様か。俺も気づかなかったしな」

なんとか、けっこう力ずくで顔面を覆っていた手をどけると、すぐ近くにずっと焦がれていた顔がある。
砂色の瞳がいつもと少しだけ違う光を帯びていたように見えたのは、おそらく気のせいじゃないだろう。
包み込むように穏やかな、それでいてどこか獰猛な、一度見てしまったら惹き付けられて逸らせなくなる、そんな瞳だ。

……今まで、一度だって見たことがない。

「好きだよ、陽介」

その言葉に、すぐ答えは返せなかった。
近づいてきた唇にしばらくの間、口が塞がれていたからだ。



「じゃあ……なに? 結局、俺って落ち込み損だったってこと……?」
「そういうことだ。バカだなー、陽介」

本当に、心の底から哀れむようにそんなことを告げられて、本気で喜べばいいのか哀しめばいいのかわからなくなったのは、その数分後の話だ。