風邪をひいた日

三学期が始まって少し経ってから、菜々子が風邪をひいた。

熱は三十八度いかなかったし、鼻が少しぐずついていたくらいで咳も残りはしなかったが、なにしろあんなことの後だ。一ヵ月以上入院してて、やっと退院して元気に学校へ行けるようになったと思ったら風邪ひいたとか、冷静でいられるわけがない。もちろん、遼太郎おじさんもそうだった。

というわけで、いいトシした男どもがふたりして大騒ぎしたあげくに俺が菜々子を病院に連れて行ったわけだが、前述のとおり単なる軽い風邪だったので、騒ぎすぎだって大いに笑われた。看護婦さんには「お兄ちゃんは心配性ね」なんて笑われるし、恥ずかしいったらない。ちなみに叔父さんは、仕事がどうしても抜けられなかったから来なかっただけだったりする。
仕事中なのにあの叔父さんが電話してきて様子を聞くなんて、つい数ヶ月前までなら信じられない。いいことだ。まあ、仕事に比較的余裕があったからこそ出来た芸当なんだろうけど。生死の境をさまよったかわいい一人娘がまた具合悪くなったとか、父親だったらそりゃあいてもたってもいられないだろう。
でも、菜々子みたいに可愛い妹がいたら心配性になっても過保護になっても仕方がないと思うし、それにそんなことになってる自分は嫌いじゃないので、後悔はしてなかったりする。たぶん、叔父さんも同じだ。
兄バカ? シスコン? 言うなら言え、真っ正面から受けて立つ。

──まあ、それはいい。とにかく菜々子が風邪をひいて、当然のことながら看病した。放っておくとか、そういう選択肢はどこにもなかった。
幸い、菜々子の風邪は本当に大したことなくて、しかも俺と叔父さんが大騒ぎしたせいもあってかなり早期の時点で対処できたこともあり、あっという間に完治した。引きずったりこじらせたりしないですんでよかったと、心の底から安堵したもんだ。

ただ、どうやらそこで気を抜いたのが悪かったようで。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

その数日後、どこからか大風邪を拾ってきて高熱を出して、こうやって布団に沈み込んでいる俺の顔を、菜々子が心配そうに覗き込んでいた。
咳をしすぎたせいか声をみごとにおかしくなってるせいで、平気だと言ったところで説得力がかけらもありゃしない。それでもなんとかうなずいてみせると、ホッとしたのか少しだけ笑ってくれた。

「寝てれば大丈夫。心配しなくていいから、学校行っておいで」
「ほんとに、へいき? 菜々子、はやくかえってくるから!」
「走っちゃダメだぞ。急がなくていいから、歩いて帰っておいで」
「うん……」

自分でもびっくりするほど声がガラガラでかすれてるせいか、しゃべればしゃべるほどどんどん菜々子の表情が曇っていく。まさか、菜々子のせいだとか誤解してるんじゃないよな?

「いってらっしゃい、菜々子。気をつけてな」
「うん。いってきます、お兄ちゃん」

脇に置いてあったランドセルを抱えて、菜々子が立ち上がる。心配そうに何度もこっちを振り返りつつ部屋を出ていく姿を見てしまい、頭を抱えたくなった。腕を動かすのもだるいので、やらないが。

ああ、俺は本当にバカだ。
結果的に、菜々子に心配かけてどうする。






「それで、ミョーにへこんでんのか」
「へこんで悪いか」
「悪かないけど、さすがシスコンって納得した」
「うるさい」

けらけら笑ってる陽介を睨みつけてみたものの、布団に寝っ転がったまま、というよりは沈んだままではなんの迫力もないに違いない。
案の定、陽介は俺に睨まれてもびくともしなかった。なんかむかつく。陽介のくせに。
……いくら陽介相手とはいえ、たかがそれだけのことでそんなことを思う自分自身に、正直なところ少しだけびっくりした。風邪ひいて具合悪いせいで、いつもより攻撃的になってるんだろうか、俺。

ちなみに陽介は、学校帰りにうちに寄ってくれたらしい。今日学校で配られたっていうプリントを、さっき渡された。
もちろん、まだ読んでもない。今、あんなちっちゃい字なんか読んだら吐く自信がある。
なにもしていなくても、微妙に吐きそうだ。頭がくらくらしてるのは、どう考えたって三十九度一分から下がらない熱のせいだと思う。
大体、上がりすぎだろ、この熱。

「それにしても、お前が風邪ひくなんてなぁ。ずっと皆勤賞だったっつーに」
「そりゃ、風邪くらいひくだろ」
「うん、まあ、バカじゃないもんな、お前」

俺が寝てる布団の横にあぐらをかいて、陽介はうんうんと頷いている。
風邪がうつるから帰れと最初に言ったのに、陽介は帰ろうとしなかった。バカだから風邪はうつらない、とか本気でバカなことを言われてしまえば、それ以上なにも言えることなんてない。

「陽介は救いようのないバカだけどな」
「え、バカはバカでもそこまでいっちゃう? 救ってくれよ、せめて」
「どうやって?」
「……どうやってだろ?」

ただ、口ではそんなことを言っていても、陽介がここにいてくれることにじつは感謝もしていた。
なんて言うんだろう。
具合が悪いときは人恋しくなるって、本当だってことだ。

「てか、テレビの中入ってた頃はどんなにハードでもびくともしてなかったくせに、なんで平和になった途端風邪菌に負けてんの?」

俺がそんなこと考えてるなんて気づいてないだろう陽介は、さっき菜々子が持ってきてくれたお茶を手に首を傾げている。
まあ、そこを不思議がられるのは当然かもしれない。ぶっ倒れてる余裕なんてどこにもなかったのもたしかだったけど、少々無茶しても平気な自信はあった。
もちろん、それには理由がある。

「昔からそうなんだよ」
「へ?」
「なんでか知らないけど、一月になると風邪ひく。他のときは、なにやらかしてもびくともしないのに」
「なんだそりゃ」

ただ、その理由が他人にあっさり受け入れられるとも思ってはいない。だから、陽介にぱちぱちと何度も瞬きをされたあとに「頭大丈夫?」みたいな顔をされても、なんとも思わなかった。
そんな反応なんてカケラも気にならないほど体調が悪かっただけ、という説もある。

「俺が知りたい。寒いからじゃないか」
「や、冬はいつだって寒いだろ」
「そうだけど」

そもそも一年でいちばん冷え込むことになるのは日本なら大体二月だし、なんで一月限定なのかは俺にもよくわからない。
よりによって新年開始早々とか、前の年のうちに身体に溜めこんだなにかを、風邪っぴきになることで放出でもしてるんだろうか。それも嫌だ。
というか、もしそうだったとしたら一体なにを溜め込んでいるんだ、俺は。

「まあ、いつもどおりなら、明日には熱も下がるだろ」

それもすでにお約束だった。理屈も原理もわからないものの、毎年同じ経過を辿る。寝込んだとしても、一日で治る。
とはいえ、さすがに三十九度を越える熱を出したのは久しぶりかもしれない。でも、やっぱり一日できれいさっぱり治るような気はしていた。

「……その声じゃ、そう簡単に治りそうもなくねえ……?」
「熱下がってもこの声かもな」
「そういう意味じゃねえよ」
「え、どういう意味?」
「つーか、いいからもうしゃべんな。寝てろ」
「えー」
「えー、じゃねえよ! だから起きんな!」
「うわ」

頭が回ることは無視して身体を起こそうとしてみたら、陽介に肩を押されて布団に戻された。
しかも、頭の上にまで掛け布団を被せられる。たしかにこうしてたほうが寒くないとはいえ、これじゃ逆に息苦しい。
もぞもぞと暗い中を探って、布団から頭を出す。見下ろしてくる陽介の視線は、呆れてますって思いっきり主張していた。

「苦しいんだけど」
「お前、病人なんだからおとなしくしてろ」
「はーい」

熱出してぶっ倒れてるのは事実なので、そこは素直に返事をしておく。
実際、走り回ったりするつもりはまったくなかった。現状、トイレに行くどころか、水を飲みたくて身体を起こすだけでもかなりしんどい。
でも、まだ水が飲めるんだから平気だろう。スポーツドリンクしか受け付けない状態になったらさすがに笑ってられないだろうけど、今のところ平気だ。

「その、まったく気のない返事がくせ者だよな……!」
「べつに暴れる気はないぞ。そんな元気ないし」
「はいはい、口だけはホント達者ですよねー」
「黙ってるなんてもったいないだろ」

せっかく、陽介がそこにいるのに。
なにも考えないまま口にしかけた本音は、幸か不幸か陽介の耳には入らなかった。

「ごほっ、げほっ」

突然湧き上がってきた咳が、邪魔をしてくれたからだ。しかも、けっこう激しい。ついでに長い。
とっさに陽介に背を向けてから、身体を丸めた。いくらなんでも、陽介に咳直撃させるのはどうかと思うくらいの良識は、俺にもある。

「おいおい、マジで大丈夫かよ」

背中に、手が触れた。
しっかりした手の感触が、背をさする。その手つきは少しどころじゃなくおっかなびっくりで、手慣れてるとかそういうことは全然ないのに、なぜかホッとした。

結局はなかなか止まらない咳と戦っている間中ずっと背中をさすってもらって、やっとおさまって一息ついてからごろりと体勢を元に戻す。見上げた陽介の顔は、眉が下がっていた。
ああ、心配してくれたんだなって思う。でも菜々子を心配させたときみたいに、すさまじい罪悪感は襲ってこなかった。

それどころか、少し嬉しい。微妙に、表情が緩んだのがわかった。
……まあ、この程度じゃ誰にも気づかれないかもしれないが。

「あー……いてえ。腹筋いてえ」
「意外。腹筋鍛えててもそーなんのか」
「使ってるとこ違うんだろ」

さっきまで俺の背中を撫でていた手が、ぽすんと俺の頭の上に落ちてくる。どうやら、熱がどんなもんか手で計ろうとしたらしい。手のひらが動いて、俺の額にぴたりと張りついた。

こいつの手は、大きくてごつごつしている。
身長は俺より少し低い程度なのに、手の大きさはあまり変わらない。ジュネスのバイトで力仕事もこなしているせいか、節もしっかりしている。
ここ一、二週間は手にしていないとはいえ、ちょっと前までは双剣を握って戦っていた手だ。やわらかくもなんともなくて、どっちかっていうと痛いかもしれないのに、でもなぜか心地良い。
不思議だ。いつもは俺よりも体温が高いのに、今日は冷たく感じるからか。

「ちょ、マジで熱いんですけど」
「そりゃ熱いよ。三十九度越えてるって言っただろ」

布団の中から右手を引っ張り出して、額にくっついたままだった陽介の手をつかむ。あ、やっぱり冷たくて気持ちいい。これで熱、下がらないかな。
もう片方の手も布団から出して、空いてるほうの手を寄越せと手振りで主張してみたら、「あーもー」とか文句を言われながら手を布団の中に仕舞われた。通じなかったようだ。

「てかもー、咳おさまってるうちに寝ろよ」
「客が来てるのに寝るとか、それは礼儀に反する」
「そんなの気にする仲じゃねーだろ。大体お前、本気で眠いときは俺がいたって平気で寝るじゃん。つか、俺がいたら寝れないとか邪魔とかなら帰るから、さっさと寝ろ」
「邪魔じゃないから、そこにいろって」
「え……あ、そう? なら、遠慮なく」

一瞬、自分自身が口にした言葉に対してあれっと思ったけど、深く考えるのは止めた。
陽介のことを邪魔だなんて思ってないし、ここにいて欲しいと思ったのも本当だ。
それに、浮かしかけていた腰をふたたび床の上に落ち着かせた陽介の姿を自分の目で確認して、俺は今、我ながら不思議な満足感を抱いている。

「しっかしまー、デコもだけど手も熱ぃな、おい」
「熱いだろう。冷やせ」
「へいへい」

ガラガラの声で、さっき手振りだけではわかってもらえなかった主張を口にしてみたら、今度はちゃんと通じた。仕舞い込まれても懲りずに布団から引っ張り出した手をひらひらさせると、陽介が空いてるほうの手でそれをつかまえてくれる。ああ、冷たくて気持ちいい。

片手で額に乗せられた陽介の手をつかんだまま、もう片方の手はやっぱり陽介の手に握られているというこの状況が、常識的に考えておかしくないとは言わない。というか、かなりおかしい。
でも、おかしくてもやりたかった以上しょうがないと勝手に納得して、目を閉じる。

「お、やっと寝る気になった?」
「んー」

このまま眠ってしまいたいとは思わなかったが、このまま眠ってしまえそうなくらい心地よかったのはたしかなので、声になってない返事をした。
額にくっついていた陽介の手が、頭のほうに移動する。ああ、髪を撫でられてるんだなってわかった。たぶんこいつ、このまま寝かしつけようとしてる。

なんとなくそれが面白くなかった。でも一人っ子のくせに、風邪ひいてる奴の看病なんて慣れてもいないのにそんなことをやろうとしてる陽介そのものは面白くて、なんとなくそのままにしてみる。

せっかく治ったのに俺の風邪がうつってまた寝込むことになったらまずいから、菜々子はなるべく早く部屋から追い出したっていうのに、陽介相手だとそんなことは不思議とカケラも思わない。
むしろうつれ、そして一緒に寝込め、なんてそんないっそ清々しいほどに自分勝手で自己中心的な感情が湧き上がってくる。
これは一体、どういうことだ。俺、そこまで性格が悪かったか?
いや、べつに風邪ひいてへろへろになってる陽介を見たいとか、そういうわけじゃない気もする。

この意味なんてあんまりないような時間が、思った以上に温かく感じられるからかもしれない。身体は熱のせいで寒気がしてるし、頭だってくらくらするし、咳が出れば苦しいし腹筋まで痛くなるってのに。

「お前でも、具合悪いときは人恋しくなったりするんだなー」

笑い混じりの声でそんなことを言われて少しむかついたけど、反論はしなかった。
人間、図星を指されるとむかっとするっていうのは、まぎれもなく事実だと思う。

「悪いか」
「悪くねえよ。こんくらい、いくらでもやっとけ。お前あんまりわがままとか言わないし、誰も嫌がったりしないって。菜々子ちゃんとか、この部屋で一緒に寝るとか言い出しかねないと思うけどな」
「そんなの、うつるからダメに決まってる」
「ですよねー」

頭を撫でられるっていうのは、けっこう安心感を誘われるものらしい。寝るつもりなんてなかったのに、もともと回ってなかった頭の中身がよけいあやふやになっていく。

たぶん、頭を撫でてくれる相手だって、誰でもいいってわけじゃない。
これは、そうしてくれてるのが陽介だからなんだと思う。
これが菜々子だったとしても、もしくは遼太郎おじさんでも、きっと安心出来る。ついでに、そのまま眠ることだって出来る。つまり俺の中で、陽介は家族に等しい存在だってことだ。

そんなことを寝入り端のはっきりしていない頭でつらつらと考えてたら、なんとなくわかった。俺が、なぜか毎年一月になると風邪をひく理由。
うちの両親は俺が小さい頃から仕事で忙しくしてて、家にいないことが多かった。でも、俺が風邪をひいて寝込んだときだけはどっちかが仕事を休んででもついててくれたし、仕事に行ったほうもいつもより早く帰ってきてくれたような気がする。
べつにわざと寝込んでたわけじゃないし、両親の愛情を疑ったことなんてないけど、そうやって無意識のうちに両親の愛情を確かめようとしてたのかもしれない。一年のうちにたった一日でも、仕事より自分を優先してくれること両親を眺めて。
愛されてることはわかってても、やっぱり親と一緒に過ごせる時間が短かったことは寂しかったのか。とはいえ、それがたった一日で解消出来ていたあたり俺もどこまでも単純っていうか、もともとひねった性格はしていないらしい。

──でも、なぜか陽介を相手にすると、ずっとこのままでもいいような気がしてくる。というか、なんとなくこれだけじゃ物足りない。
大体、陽介ばっかり俺のこと撫でてるとかずるいだろう、俺にも撫でさせろとか普通に考えて、その思考の突拍子のなさに一瞬、固まった。しかも、その突拍子もないとしか表現しようのない思考を否定しようという気が起きなかったことに、ますます困惑する。

そもそも、なんだってさっきから陽介のことばっかり考えてるんだ。いくら目の前にいるからって、そういう方向に思考がかっとぶのは普通じゃないだろう。ああ、でも手を離して欲しくないのも、傍にいてもらいたいのも、いなくなったら寂しいと思うのも、たぶん触りたいと思うのも気の迷いとかじゃない。

……どうしよう。さらにひとつ、心当たりを思いついてしまった。
これがいわゆる、恋ってやつか。よりによって、陽介相手にか。
きっとこれは、熱で頭が沸いてるせいだ。だから、こんなバカなことを考えるハメになる。
きっとそうだ。

「お、寝た?」

陽介の声が、遠くから聞こえる。
その声が聞こえることになぜか幸せを感じている自分に疑問を覚えながら、そのまま意識は途切れた。





──そして、夜が明けて。

「あー……」
「お兄ちゃん、声すごいね」
「ほんとだな。これじゃ、家に電話しても菜々子、気づかないかも」
「そんなことないよ! 菜々子、わかるよ!」

両手を握りしめて、俺を見上げながら必死に主張する菜々子の頭を撫でながら、俺は笑った。
熱は、やっぱり一日で平熱まで下がっていた。声はとんでもないことになったままだが、ちゃんと出ることは出る。

「おいおい、大丈夫か? 無理するなよ」
「大丈夫ですって」

広げた新聞の後ろから顔を出した遼太郎叔父さんに頷いてみせてから、ソファの上に放り投げてあった鞄を拾い上げた。

結局、あのまま寝入ってしまったようで、次に目が覚めたときには夜だった。当然ことながら陽介はすでに帰っていて、寂しい思いをしたものだ。
腹が減ったので一階に下りてみたら遼太郎叔父さんがまだ起きていて、顔色がだいぶマシになったとホッとした顔で笑ってくれた。料理はさっぱりな叔父さんが、ジュネスで買ってきたというレトルトの粥を作ってくれたのでありがたくいただいて、薬を飲んでまた寝たら、朝だったというわけだ。
朝からシャワーを浴びてもまったく問題ないくらい、身体のほうは完治している。寝ている間にかいたらしい汗をさっぱり流したら、いつもの朝以上に気分は良くなった。声は、散々だったが。

しかも、俺的にはもうひとつ、残念なお知らせがある。
なんと平熱に下がっても、昨日湧き上がってしまったバカな感情は治まってくれなかったのだ。
これは、激しく予想外だ。予想外なのに、嫌悪感もなにも湧かないところがますます想定外だ。

「お兄ちゃん、学校行こう」
「ああ。行ってきます、叔父さん」
「おう、行って来い」
「いってきまーす!」

ランドセルを背負った菜々子に呼ばれて、玄関に足を向ける。靴を履きながらもう一度、予想外でもなんでも出てしまった答えを脳内で吟味する。
とりあえず、否定する要素はどこにも見あたらない。

「まあ、治まらなかったんだから仕方ないよな」

だから、潔く観念することにした。
なぜなら、ぐるぐる悩むのはめんどくさいからに他ならない。


陽介には災難以外の何物でもないかもしれないが、そこは気にしないことにした。