後夜
「あれッ?」
気がついたら、窓際にまた小さな黒い姿が戻ってきていた。
「あれれッ?」
さっきまで、確かにいなかったのだ。カノンもリンネも、みんなが「あれ? シセル、どこにいったのかな?」と探していた。
カノンとジョード曰く、シセルはほぼ完全な家猫らしい。なので、外に出てしまうことはほとんどないはずだ、ということらしいのだが、家の中をどれだけ探しても見つからなかった。
現在二歳、やや鋭い鼻を持つポメラニアン・ミサイルも、もちろん捜索には参加した。なにしろ、ミサイルは犬だ。そういったことに関しては、嗅覚の鈍い人間よりよほど向いている。
……はずなのだが、じつは見つからなかった。ミサイルは、やや犬としての矜持にヒビが入りそうになったほどだ。
この運命において、ミサイルはシセルと初対面である。だが、今はもう消えたもうひとつの運命においては、犬と猫という種族の差を越えて協力し合った仲なのだ。
絶対に、シセルのことは忘れないと誓った。その誓いどおり、十年前にはまだ生まれてさえいなかったミサイルは、ちゃんとシセルのことを覚えていた。
──まあ、今日は最愛のカノン様との再会に浮かれすぎて、大はしゃぎしすぎて、じつはまだちゃんとシセルとの再会を喜び合ってはいないのだが。
というか、その喜びを分かち合おうとしたら、シセルの姿が消えていたのだ。では、ということで匂いで探そうとしたのだが、じつはミサイルにはシセルの匂いがわからなかった。
考えてみれば、当然だ。ミサイルが懇意にしていたシセルは魂の状態であり、魂に匂いなどあるわけもなく。
そんなこんなで挫折を味わっていたところだった、というわけだ。
……しかも、そんなことをしているうちに、いつの間にかシセルはなにごともなかったかのように戻ってきていた。定位置に座り込んで、興味深そうに人間たちのやりとりを眺めている。
「シセルさんッ、どこ行ってたんですかッ?」
と、たずねてみようにも、犬と猫では言葉が通じない。
音として発せられたのは結局。
「わんっ!」
という、そんなミサイルの吠える声だけで。
意味はわからずとも、シセルにもそれは聞こえたのだろう。
ちらり、とシセルがミサイルへと視線を向ける。
大きな、瞳。その瞳に浮かぶのは、どこか嬉しそうな満足げな色。
「なにかいいこと、あったんですかッ?」
通じないとわかってはいる。それでも、そうたずねてみたら。
「にゃー」
ぱたりと、しっぽを揺らして。
ミサイルよりだいぶ年上の、なのにとても小さな黒猫は、丸まって目を閉じた。
「もちろんだ」
と、うなずいてみせるかのように。