前夜

それは。
彼らの運命が変わる──前の、日。



見上げればどこまでも、満天の星空が広がっている。

闇色の、夜。すべてが、暗闇に溶けていく。
設置された外灯の数そのものが多くないこのあたりは、夜中でも明るい街の中心部とは違う様相を呈していた。

人の気配は、しない。探せばどこかにはいるのかもしれないが、別段その気もない。

暗闇の中、ただ一カ所だけ点灯している外灯がぼんやりと照らしているのは、壊れた家電製品だ。暗さに慣れた視界であたりを見回してみれば、似たようなモノばかりがその辺に転がっている。
うずたかく積みあげられたガラクタの山は、格好の遊び場だ。壊れた家具の中に入り込むのも、隙間を縫うようにして走り回るのも、なかなか面白い。

──もっと規模の小さなゴミ捨て場に入り込んだ記憶はあったが、こんなに広くて大きなオモチャばかりがある場所に来たのは今日が初めてだ。
ここが人間たちになんと呼ばれているのか、一応知ってはいる。それがどういう意味を持つのかは、あまり考えたことはなかったけれど。

「…………」

とりあえず、せっかくこんなところにまで足を伸ばしたというのに、じっとしているのも芸がないので。まずは、数あるガラクタの中でひときわ高くそびえ立っている鉄骨を駆け上がってみた。

鉄骨で組まれた頭の途中から伸びたクレーンの先には、なぜかバカみたいに大きな鉄球がぶら下がっている。一瞬、その上に飛び降りてみたい衝動にかられたが、なんとなくやめておいた。そのような子どもっぽいことをするのは、少しばかり恥ずかしいような気もしたからだ。一応、それなりの年齢に達したものとしては。
ただ、もしかしたら。
そんな大きなオモチャの存在よりも、この高さから見下ろす雑多な街の光景と、この高さから見上げた月の大きさのほうに、意識を奪われたからかもしれない。

 ──D地区廃棄物集積所。

意味のさっぱりわからない、単語の羅列。おそらくは、ゴミ捨て場。
でも、このやたらと規模の大きい、そして生ゴミの存在しないゴミ捨て場は、今まで彼≠ェ知らなかった魅力に満ちていた。

「──シセル」

下から名前を呼ばれて、視線を向ける。──そこには、赤いスーツに身を包んだ男がいた。
見慣れた濃い色のサングラス、そして特徴的な髪型。
見間違うことなど、ない。
サングラスに隠された表情が、高いところに上がっていった彼≠案じているのがわかる。

「おいで」

……明日、大きなトリヒキ≠するのだと言っていた。それを最後に、この国を出るのだと。
何をするつもりなのかは、わからない。ただ、これだけは知っている。

ここは、《彼》にとって決して優しい場所ではなかった。

おそらくは、なにかよくないことをするのだろう。時は、ただ安穏と流れていたわけではない。
長すぎる月日は、心に闇の侵食を許す。少しずつ、時間をかけて、《彼》は変わっていった。人の心などのぞけるわけもないが、長く共にいればそれくらいはわかる。

それでも。《彼》が罪を犯すだろうことを、知っていても。
──一緒に連れていってくれるのだから、それでいい。
明日、何が起こるのか。否、《彼》が何を起こすのか。わからないのであれば。
最後まで、見届ける。

「にゃあ」

だから……小さく一声、鳴いて。
彼>氛气Vセルは、身軽に鉄骨から飛び降りた。


十年の時を共に過ごした、相棒の元へと。